岐阜県行政委員の高額な月額報酬の是正と     不当利得分の返還に関する住民監査請求  第1 措置請求 1. 概要  行政委員は、首長が任命する専門家である。委員は、議会の同意等を経た上で選任される。 行政委員会は、政治的中立性を確保する観点から、長の指揮監督を受けない。なぜなら、権限が執行機関に集中して行政の公正さが損なわれることを防ぐため、行政委員会制度を設けているからだ。  委員は非常勤である。委員への報酬は、岐阜県各種委員等給与条例(「本件条例」という)に基づいて支給されている。本件条例第1条及び別表に定めるところの、特別職である非常勤の上記委員会の委員の給与は、月額報酬を支給すると定めているが、この規定は、以下に述べるとおり、地方自治法203 条の2第2 項に違反して無効である。  実態の調査に関して、ある政令市の場合、監査委員、人事委員会、選挙管理委員会の会議の1 回の所要時間は大部分が1 時間以内であったという。このように、一回ずつの会議は極めて短時間、簡略な場合が多く、相対的に常軌を逸した高額な日当となっている。  ごく短時間であろう会議のための日当(報酬は)1会議あたり10万円から19万円である。  よって、   (1) 知事らに対し、本件各委員への月額報酬支出を差止めること、 (2) 一人1回の会議で2万円を超えて支給された分は不当利得というべきであるから、 各委員はそれぞれの受領分を県に返還すべきである。すなわち、過去6年分の支給総額5億0562万円のうち、不当利得額というべき4億3310万円の返還をすべきことを各委員に、   (3) もしくは各委員に不当利得額4億3310万円を返還請求すべきであると知事らに、  以上を勧告することを監査委員に請求する。 2. 条例と会議の実態や支出の現況  (1)  普通地方公共団体の委員会は、法律の定めるところにより、法令又は普通地方公共団体の条例若しくは規則に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し、規則その他の規程を定めることができる(地方自治法第138条の4第2項)。行政委員会は、その権限に属する事務の一部を、長と協議して、長の補助機関等に委任又は補助執行させることができる(法180条の7)。  行政委員会と長が協議し職員を融通する方法としては、兼職・事務従事・充て職がある。特に事務量が多く、専任職員を必要とする委員会では行政部局からの出向の形を取る。このように、委員会の職務の大部分や実務は「職員」が遂行しているから、委員らの仕事は少ない。  なお、行政委員会の趣旨や定例会等開催実績は岐阜県も十二分に把握している(第1号証/岐阜県作成資料)。    (2) 本件条例第1条は、「この条例は、次の各号に掲げる者に対する報酬及び費用弁償又は給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法を定めることを目的とする。 一 執行機関である委員会の委員及び監査委員」とし、別表において「1号委員」として規定している。  開催の会議回数や支給された金額の明細は第2号証(作成/請求人)に示すが、H16年度からH21年度の合計は以下である(H21の後半はまだ終了していないこともあり得るので前年H20年の会議数を用いた)。  表−1  具体的な会議の日数などの状況の抜粋 (詳しくは第2号証)  名   称 条例規定の報酬額  月額 実績と日当額 定 例 会 等 の 開 催 実 績 定 数 委員数H21.4.1     H20 H19 H18 H17 H16   教育委員会   会議 回数 13 13 17 14 13 6 6 委員長 22万円 その他 19万円 1回当たり日当の概算額 万円 17.5 17.5 13.4 16.3 17.5     選挙管理委員会   会議 回数 13 14 13 15 16 4 4 委員長 22万円 その他 19万円 1回当たり日当の概算額 万円 17.5 16.3 17.5 15.2 14.3     人事委員会   会議 回数 23 17 18 20 20 3 3 委員長 22万円 その他 19万円 1回当たり日当の概算額 万円 9.9 13.4 12.7 11.4 11.4     公安委員会   会議 回数 34 34 36 34 34 3 3  委員長 22万円 その他 19万円 1回当たり日当の概算額 万円 6.7 6.7 6.3 6.7 6.7     監査委員   会議 回数 16 19 21 15 17 6 5 識見 23.5万円 議員 15.5万円 1回当たり日当の概算額 万円 17.6 14.8 13.4 18.8 16.6     労働委員会   会議 回数 12 13 12 13 12 15 14 会長22万円 公益委員19万円  その他 17万円 1回当たり日当の概算額 万円 19.0 17.5 19.0 17.5 19.0     収用委員会   会議 回数 12 12 12 12 12 7 7 会 長 11万円  その他 10万円 1回当たり日当の概算額 万円 10.0 10.0 10.0 10.0 10.0       3. 違法性  (1)  地方自治法203条の2第1項は、「普通地方公共団体は、その委員会の委員、非常勤の監査委員その他の委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会、及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。)に対し、報酬を支給しなければならない。」と規定し、同条2 項は、「前項の職員に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。ただし、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。」と規定する。  上記地方自治法203条の2第2項本文は、非常勤の職員に対する報酬は、生活給付としての性格を有さず、純然たる勤務に対する反対給付としての性格のみを有するから、勤務量、具体的には勤務日数に応じてこれを支給すべきとしたものである。  そして、同項ただし書は、勤務の実態がほとんど常勤の職員と異ならず、常勤の職員と同様に月額ないし年額をもって支給することが合理的である場合や、勤務日数の実態を把握することが困難であり、月額等による以外に支給方法がない場合などの特別な場合について、条例の特別な定めにより、月額あるいは年額による報酬の支給を可能にしたものである。  (2) 普通地方公共団体は、法第203条の2第1項に所定の非常勤の職員に対しても、特別な事情がある場合には、同条第2項本文の例外として同項ただし書に基づき、条例で特別の定めをすることにより、勤務日数によらない報酬を支給することができるとされているが、例外的な扱いはその勤務実態が常勤の職員と異ならないといえる場合に限られるべきである。  普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて条例を制定することができるにとどまるから(法第14条第1項)、議会の制定した条例が上記のような法第203条の2第2項の趣旨に反するときには、当該条例は法令に違反するものとして、その効力を有しないといわなければならない。(大津地裁平成21年1月22日判決。以下「大津地裁判決」という。)  結局、本件条例の月額の規定は法203 条の2第2 項に違反して無効である。    (3) なお、内水面漁場管理委員会は、日額であり、会長1万5千円、その他委員1万3千円と規定されている。すなわち、県や県議会は、法令上は「日額」という制度であることを十二分に認識していたにもかかわらず、本件で指摘する委員らには「月額」を規定し、委員らも十二分にこれを認識したう上で、常軌を逸した高額な報酬を受領し続けたものである。  以上、内水面漁場管理委員会については「日額」であるので本件住民監査請求の対象としない。    (4) 法第180条の5第5項で、普通地方公共団体の委員会の委員又は委員は、特別の定めがあるものを除くほか、非常勤とする旨が規定されており、非常勤の職員に対する報酬については「その勤務日数に応じて支給する」と規定されている。    (5) 法第2条第16項は、「地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならない 」とし、同17項は「前項の規定に違反して行った地方公共団体の行為は、これを無効とする」としている。    (6) したがって、本件委員に対し、勤務日数によらないで月額報酬を支給することとした本件条例は、地方自治法の各規定の趣旨に反しその効力を有しないのであり、本件公金支出は、法第204条の2の規定に反し、違法であって、無効である。 4. 岐阜県の損害  本来、勤務実績に応じた日額での支給が法令の主旨であり、本件条例の規定は違法であって無効であるから、「本件条例が根拠である」として支出された委員の報酬は本来岐阜県の負担すべきものではない。全額が損害であるとの考え方もあり得るが、本件請求では、日額で支給した場合を超えた部分の差額相当額は、「委員の不当利得」であると主張する。この不当利得分は、結果として県に損害を与えている。   5. 本件請求人が監査委員に求めること (1) 差し止め請求の勧告  知事らに対し、本件委員に対して月額報酬支出をしてはならない(差止め)と勧告すること。 (2) 受給した相手方に対する不当利得の返還請求の勧告  県民目線あるいは社会通念上、一人1回の会議あたりその報酬は「日額1万円」程度で十分というべきである。が、関係者の体面などに配慮し、この請求では、あえて控えめにして、「一人1回の会議で2万円」を超えて支給された分は不当利得というべきである。  この前提に立ち、この基準、つまり一人1回の会議で2万円を超えて支給された分は法律上の根拠がないから、「不当利得」というべきである。過去のどこまで返還すべきとするかであるが、本件請求においては、過去6年分の不当利得額の返還を請求すべきであるとする。  明細は第2号証に示すが、合計は以下である。 表−2 委員の執務状況、日当額、支給総額、返還すべき不当利得額の集計(詳しくは第2号証)  H20の場合 (万円) H16から21の6年間合計(万円)  支給総額  不当利得額   支給総額  不当利得額 岐阜県教育委員会  1176  1072   7056   6392 岐阜県選挙管理委員会   948   844   5688   5016 岐阜県人事委員会   720   582   4320   3594 岐阜県公安委員会   720   516   4320   3084 岐阜県監査委員   936   808   4770   4044 岐阜県労働委員会  3216  2856  19296  17076 岐阜県収用委員会   852  684   5112   4104    総合計  8226  6336  50562  43310 よって、委員らに、各委員としてのそれぞれの受領した上記の不当利得分を速やかに返還するよう勧告すること。 ※ 民法第703条 (不当利得の返還義務)「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(「受益者」という)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。 」  (3) 知事らに対して返還請求することの勧告   前項の不当利得分相当につき、知事あるいは他に権限がある者に、「速やかに、各委員に返還請求する」ように勧告すること。   6. 岐阜県の財政の逼迫  岐阜県の財政の困窮は著しい。職員給与等の削減を行っても足りず、県民に直接大きな影響を与える各種施策の費用の削減も実施する事態である。本件のような常識を逸した高額な手当てはただちに廃止し、これ以上の損害を生じさせないために違法な支出を差し止めるとともに、過去の支給分は速やかに返還して県の財政再建に資するべきである。   第2 請求者 「くらし・しぜん・いのち 岐阜県民ネットワーク」&        「市民オンブズマン・ぎふ」の呼びかけに賛同した県民                            寺町知正 ほか104名  以上、法第242条第1項により、事実証明書を添えて、必要な措置を請求します。                              2010年2月12日 岐阜県監査委員 各位           別紙事実証明書目録 第1号証 岐阜県行政委員会の特徴や状況 (岐阜県作成データを一部修正/寺町知正) 第2号証 行政委員会の執務実績と委員一人1回の日当額、支給総額及び      返還すべき不当利得額の集計表 (寺町知正作成)            以上 1/4−岐阜県・行政委員