平成13年3月29日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成12年(行コ)第31号、同第49号
 公文書公開拒否処分取消請求控訴事件、同附帯控訴事件(原審・岐阜地方裁判所平成10年(行ウ)第8号)
口頭弁論終結日 平成13年1月16日

  判 決
岐阜市薮田南2丁目1番1号
  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)
    岐阜県知事
      梶原拓
岐阜市薮田2丁目1番1号
  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)
    岐阜県教育委員会教育長
      日比治男
  上記両名訴訟代理人弁護士 渡邊一

岐阜県山県郡高富町西深瀬208番地の1
  被控訴人(附帯控訴人・選定当事者、以下「被控訴人」という。)
      寺町知正
岐阜県揖斐郡谷汲村岐礼1048番地の1
  被控訴人(附帯控訴人・選定当事者、以下「被控訴人」という。)
      山本好行
  脱退被控訴人(附帯控訴人・選定者、以下「選定者」という。)
      別紙選定者目録記載のとおり

  主 文
1 本件控訴を棄却する。

2 本件附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。

3 控訴人岐阜県知事が被控訴人ら及び選定者らに対してした原判決別紙3記載のうち、支出金調書中及び請求書中にある取扱従業員の印影の非公開決定部分を取り消す。

4 控訴人岐阜県知事が被控訴人らに及び選定者らに対してした原判決別紙4記載の処分のうち、Cの部分について、取扱従業員の印影の非公開決定部分を取り消す。

5 控訴人岐阜県教育委員会教育長が被控訴人ら及び選定者らに対してした原判決別紙5記載の処分のうち、Cの部分について、取扱従業員の印影の非公開決定部分を取り消す。

6 訴訟費用は、第1、2審とも、控訴人らの負担とする。

  事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人らの負担とする。

第2 附帯控訴の趣旨
 主文第2ないし第6項と同旨

第3 当事者の主張
1 当事者の主張は、次のとおりの訂正のうえ、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」の摘示を引用するほか、後記2及び3の当審における各当事者の補足的主張のとおりである。

(1) 原判決7頁4行目から6行目にかけての「平成11年10月7日岐阜県条例第30号による改正前のもの。以下『本件条例』という」を「平成10年7月1日岐阜県条例第21号による改正前のもの。以下この改正前の条例を『本件条例』という」と、同11行目の「図面」を「図画」とそれぞれ改める。

(2) 同12頁10行目の「平成10年7月1日岐阜県条例第21号」から同13頁1行目末尾までを次のとおり改める。
「平成9年12月26日岐阜県条例第22号の改正に基づくものであり、平成10年4月1日以後に実施機関が作成し、又は取得した公文書について適用される。(平成9年岐阜県条例第22号附則1項、3項)」

(3) 同16頁6行目の「氏名または名称であって、」を「氏名又は名称・・・(中略)・・・であって、」と改める。

2 控訴人らの補足的主張
(1) 本件条例6条4号該当性(本件非公開部分1ないし4及び7について) 事業者の口座番号及び事業者代表印の印影は、事業者が事業活動を営むうえで、事業資金等の管理等に関する内部情報であり、通常他人に知られたくないものである。事業者は取引先を信頼し、口座番号及び印影を取引先のみに通知しているのであり、一般に公開することを許容しているものではない。印影を公開した場合、偽造又は偽装による不正行為が行われる危険性が相当程度に高い。
 本件条例6条4号ただし書ニにおいては、県との契約又は当該契約に関する支出に係わる公文書に記録されている氏名または名称、住所または事務所若しくは事業所の所在地、電話番号、その他これらに関する情報であって、実施機関があらかじめ岐阜県公文書公開審査会の意見を聴いて公示したものについては、同号本文に該当する場合であっても、例外的に公開する旨規定している。公開する情報の範囲については、平成10年3月13日付岐阜県公報により公示されているが、県との契約の相手方たる法人の名称、事務所または事業所の所在地、代表者名、電話番号、商標、その他これに類する情報に限定されている。取引銀行口座、口座番号及び印影は、公開対象から除外されているのであり、このことからも、これらが非公開とされるべき情報であることが明らかである。

(2) 本件条例6条1号該当性(本件非公開部分3、6及び9について)
 個人又は法人代表者の印影についても、口座番号及び事業者代表印の印影と同様に、これら個人は、公開されることを許容していないのであり、本件条例6条1号の個人に関する情報に該当すると見るべきである。

3 被控訴人らの補足的主張
 形式的には個人に関する情報であっても、個人事業者の事業又はこれと同等の法人の営業の遂行のために用いられた個人の印影は、本件条例6条1号の個人に関する情報には該当せず、本件条例6条4号によって公開の当否が決定されるべきである。
 本件において、取扱従業員の印影と称するものは、個人事業者の印影なのか、単なる従業員のなのか不明であるが、控訴人らの主張によれば、発行者等は零細事業者が多いとのことであるから、個人事業者そのものの印影であると考えるのが合理的である。岐阜市が公開している諸新聞の購読料の領収書の署名を見ても、事業者本人の場合がほとんどである。そうすると、取扱従業員の印影と称するものは、事業者の印影であるから、本件条例6条1号の個人に関する情報には該当しないというべきである。

第4 当裁判所の判断
1 弁論の全趣旨によれば、被控訴人らが岐阜県民であることが認められ、その余の請求原因事実については、当事者間に争いがない。

2 本件非公開部分1ないし4及び7が、本件条例6条4号の非公開情報に該当するかどうかについて判断する。
 当裁判所も、本件非公開部分1ないし4及び7が、本件条例6条4号の非公開情報に該当するとはいえないと判断するが、その理由は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の理由説示のうち、31頁1行目冒頭から37頁8行目末尾までの部分のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原判決34頁6行目冒頭から35頁9行目末尾までを次のとおり改める。「しかしながら、諸新聞の売り先、数量の情報は、多数の売り先や一定地域内の販売数量といったものであれば、発行者等にとって営業秘密に属する情報であるといえるが、岐阜県が購読の事実を公開したからといって、そこから個々の諸新聞の全体の売り上げ状況や数量を推測することは困難であるから、岐阜県が購読しているという情報が、発行者等の営業秘密に属する情報であるとは認められない。
 控訴人らは、諸新聞の発行事業者には零細事業者が多い旨主張するが、仮に零細事業者が多いとしても、それ故に、岐阜県が購読している事実や購入金額が公開されたからといって、無用な競争を強いられると認めるに足りる証拠はない。 したがって、控訴人らの主張は、採用できない。」

(2)同36頁2行目冒頭から37頁1行目末尾までを次のとおり改める。
「確かに、事業者の口座番号や印影は、事業者において公開されることを望まないこともあり、内部情報に該当する場合もあるといえる。しかし、諸新聞は、できるだけ多数の者に購読してもらうことをその目的とし、前記(一)認定事実(原判決引用)によれば、諸新聞の口座番号は、購入等の代金請求のため、請求書のなかですべての購読者等に公開している情報であると認められる。また、請求書や領収書に押捺された発行者等の印影も、代金請求又は受領の際に、債権者の同一性を確認するための手段として、同様にすべての購読者等に公開していると推認される。そうすると、諸新聞の発行事業者は、購読代金の振込先としている口座番号や印影を、第三者に知られることを一般的に拒絶しているとはいえず、発行者等の営業活動上の内部情報に該当するとは認められない。」

(3)同37頁6行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「なお、控訴人らは、本件条例6条4号ただし書ニにおいて、県との契約又は当該契約に関する支出に係る公文書について、実施機関があらかじめ岐阜県公文書公開審査会の意見を聴いて公示したものについては、同号本文に該当する場合であっても、例外的に公開する旨規定されているが、実際に岐阜県広報により公示されている内容には、取引銀行口座、口座番号及び印影が含まれていない旨主張している。しかしながら、本件は、そもそも本件条例6条4号本文に規定されている『当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上の地位その他正当な利益が損なわれる』と認められるかどうかの問題であって、本件条例6条4号ただし書ニは、6条4号本文に該当する場合であっても、例外的に公開する場合であるから、公開の範囲がある程度制限されるのは当然である。したがって、本件条例6条4号ただし書ニによって公開される対象範囲に、取引銀行口座、口座番号及び印影が含まれていないとしても、以上の判断に影響するものではない。
 よって控訴人らの主張は採用できない。」

3 本件非公開部分3、6及び9が、本件条例6条1号の非公開情報に該当するかどうかについて判断する。

(1)当裁判所も、本件処分3に対する控訴人岐阜県知事の理由追加は許されると判断するが、その理由は、原判決の理由説示のうち、38頁1行目冒頭から同9行目末尾までの部分のとおりであるから、これを引用する。

(2)本件非公開部分3、6及び9の請求書及び領収書に押印されている印影については、その具体的内容は不明であるが、諸新聞の発行事業者を営む個人又は法人等の代表者の印影の場合と、購読料の請求及び受領を取り扱った従業員の印影の場合があるものと推認できる。そこで、これら2つの場合に本件条例6条1号の非公開情報に該当するかどうかを検討する。
 この点に関して、被控訴人らは、取扱従業員の印影と称するものも、実際には事業者本人の印影である旨主張するが、本件の公開請求対象となっている請求書及び領収書の全ての印影が、事業者本人の印影であると認めるに足りる証拠はないし、単なる従業員の印影と、事業者本人の印影を同一視することはできない。したがって、被控訴人らの主張は、採用できない。

(3)事業を営む個人又は法人等の代表者の印影の場合は、文書の内容からみて、これらの印影は、個人事業者又は法人の事業の遂行のために押印されたものであると推認できる。本件条例6条1号においては、個人に関する情報のうち、事業を営む個人の当該事業に関する情報については、その公開の当否をもっぱら6条4号によって決定することになっているから、6条1号の個人に関する情報には該当しないと解するのが相当である。そうすると、事業を営む個人又は法人等の代表者の印影は、6条1号の個人に関する情報には該当しないことになる。

(4)一方、取扱従業員の印影の場合は、その従業員自身は、事業を営む個人ではないから、6条4号が適用される余地はなく、6条1号の個人に関する情報に該当するかどうかを判断すべきことになる。そして、その印影によって表示されている名字に、従業員名簿などの適当な資料を参照することによって、特定の個人を識別することが可能であり、特に雇用している事業者の従業員の人数が少ない場合には、個人を識別することが比較的容易であるといえる。
 ところで、本件条例6条1号が、個人に関する情報であって、特定の個人を識別され得る情報を、原則として非公開とする趣旨は、個人のプライバシーを最大限保護する必要があるが、一方では、プライバシーの概念及び範囲が未だ明確となっていないことから、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得る情報については、原則として非公開としたものと解される。そして、本件条例では、県民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、開かれた県政を実現することを目的とし(1条)、実施機関は、公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるようこの条例を解釈し、運用するものとする一方、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない(3条)と定めている。そうすると、本件条例6条1号の「個人に関する情報」とは、およそ特定の個人が識別され得る全ての個人情報を意味するものではなく、その情報内容が、以下のような情報などとの関連において、当該特定個人の権利を侵害するおそれがあるものを指す相関関係概念であると解するのが相当であり、それ以外のものは、同号によって保護される「個人に関する情報」には含まれないと解するのが相当である。
  @思想・信条・信仰等の個人の内心に関する情報
  A学歴・犯罪歴等の個人の経歴に関する情報
  B所得・財産等の個人の財産状況に関する情報
  C健康状態・病歴等の個人の心身の状況に関する情報
  D家族関係等の個人の家族状況に関する情報
 本件において、取扱従業員の印影は、特定の個人が識別され得るものであるが、請求書及び領収書に押印された取扱印であるから、それによって、当該個人がある時点においてある諸新聞の従業員であったという情報が明らかになるおそれがあるにすぎず、それ以上の情報は何ら明らかになるおそれがない。一般的には、ある個人が特定の事業者又は法人の従業員であることが明らかになると、その個人の権利を侵害するおそれがある場合もあるが、既に検討したとおり、本件の場合は、当該個人がその諸新聞の従業員であることは、その諸新聞を購読する全ての者に対し、明らかにされているものであって、第三者に知られることを一般的に拒絶しているとは認められないし、公開されたとしても、当該個人の権利を侵害するおそれがあるとは認められない。
 したがって、取扱従業員の印影は、本件条例6条1号の個人に関する情報に該当するとは認められない。

(5)よって、本件非公開部分3、6及び9が、本件条例6条1号の非公開情報に該当するとは認められないことになる。

4 本件非公開部分5及び8について、非公開情報に該当するかどうかについて判断する。
 当裁判所も、本件非公開部分5及び8について、非公開情報に該当するとは認められないと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由説示のうち、42頁2行目冒頭から同9行目末尾までの部分のとおりであるから、これを引用する。
 原判決42頁8行目の「認定してきたとおりである。」の次に「仮に、控訴人らの主張するように、本件公開請求の対象とされている情報と、対象外と思われる情報とが混在し、容易に分離できないとすれば、対象外と思われる情報に非公開事由が認められない限り、全体の情報を公開すべきであり、対象外と思われる情報と一体化していることを理由として、本件公開請求の対象とされている情報を公開しないことが許されるものではない。」

5 以上によれば、本件処分1ないし4については、いずれも非公開事由が認められず、違法であって取り消されるべきであり、被控訴人らの本訴請求は、全て理由がある。

6 よって、原判決中被控訴人ら勝訴部分は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、本件附帯控訴に基づき、結論を異にする原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消し、本件処分3、4及び5のうち、取扱従業員の印影の非公開決定部分を取り消すこととし、主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所民事第4部
裁判長裁判官 小川克介
裁判官 黒岩巳敏
裁判官 永野圧彦

選定者目録

これは正本である。
平成13年3月29日
名古屋高等裁判所民事第4部
裁判所書記官 朱宮陽一