′             監委第137号 
                          平成14年1月7日
寺町知正 様
  岐阜県監査委員 丹 羽 正 治  印
  岐阜県監査委員 伊佐地 金 嗣  印
  岐阜県監査委員 加 藤 一 夫  印
  岐阜県監査委員 河 合 洌    印
      住民監査請求に基づく監査結果について(通知)

 平成13年11月9日付けで提出のあった住民監査請求について、地方自治法(昭和22年法律第67号)第242条第3項の規定に基づき、別紙のとおり監査結果を通知します。

(別紙)
1 請求の受理
 別記請求人から提出された請求は、所要の法定要件を具備しているものと認め、平成13年11月9日付けで受理した。

2 請求人の証拠の提出及び陳述
 請求人に対して地方自治法(以下、「自治法」という。)第242条第5項の規定に基づき、平成13年12月3日に証拠の提出及び陳述の機会を与えた。

3 請求の内容
 請求書に記載されている事項及び事実証明書並びに陳述の内容から監査請求の要旨を次のように解した。なお、以下において(北ブロック」とは、従前北方住宅建替事業(以下「建替事業」という。)における「中北ブロック」と呼ばれていた範囲を指すものとする。

(1)主張事実
 ア 県営住宅は、公営住宅法及び県条例で生活困窮者のために低廉な家賃で住宅を供給し、県民生活の安定と福祉の増進を図ることを目的として、建設されることとなっている。したがって、通常程度の公営住宅の確保が本旨であり、居住性及び経済性が重視される。建設にあたっては、通常の建設費・仕様におさえて、建設戸数や一戸当たり床面積を増加させるべきである。

 イ 知事は、県営北方住宅北ブロックの建替えに際して、約110億円の工事費を想定した基本設計業務(以下「基本設計」という。)を平成13年8月28日に委託しており、その設計では、既設の南ブロックで行った素材の使い方や、建築技術の新しい技法のほか、南ブロックでの経験をさらに3次元的、立体的に発展させた方法を取り入れた内容にしようとしている。このような建設計画は、公営住宅法、県条例の趣旨・目的を著しく逸脱している。

 ウ 南ブロック住宅入居者を対象として実施した「住まいに関するアンケート調査」の結果はきわめて不評であったが、北ブロックの基本設計において、これを無視している。

 エ 基本設計の受託者が関わった、ある県の県営住宅は、生活を無視したデザイン重視の計画であり、公営の住宅としては明らかに失敗したというしかないが、県はこれを建替事業に生かしていない。

 オ 公営住宅法第6条において「公営住宅の整備は、住宅建設計画法第6条第1項に規定する都道府県住宅建設五箇年計画に基づいて行わなければならない」と規定されているにもかかわらず、県は「岐阜県第八期住宅建設五箇年計画(平成13年〜17年)」を未だ作成していないから、基本設計に着手したことは、整備根拠を欠き第6条違反である。

 カ 家賃は、公営住宅法第16条において「近傍同種の住宅の家賃以下で定める」とされていることから、建設費用等も周辺の民間の実体との乖離は許されていない。

 キ 地方公共団体は、その事務を処理するにあたって、自治法第2条第14項で「最小の経費で最大の効果をあげなければならない」、地方財政法第4条第1項で「経費はその達成するために必要かつ最小限度をこえて支出してはならない」と規定していること、及び自治法第2条第12項及び第16項の規定からも、本件のような放漫な支出は、これらの規定に違反する。

 ク 平成12年度に作成された「北方住宅北ブロック再生・活用調査報告書」及び本年度に契約を締結した「北方住宅中北ブロック(仮称)基本設計業務委託仕様書」などから、北ブロックの計画床面積は46,523u(約14,100坪)、民間の分譲マンションの本体工事費は、概ね45万円/坪であり、この民間相場を超える額(約30億円)が知事や設計者らの趣味等による浪費的支出と言うべきである。従って、このまま事業が進めば、違法かつ回復しがたい県の損害が生じる。

 ケ 基本設計は、次のことからも複数の者から見積書を徴して行うべきもので、しかもそれが可能であったことは客観的に見ても明らかであるから、南ブロックの基本計画等の受託者と随意契約をしたことは違法である。

 ・南ブロックと北ブロックとは明確に分断されており、設計上、同一視する必要はなく、南ブロック住民からも極めて不評であったから、北ブロックに関しては、少なくとも基本設計の段階では、他の設計者に委託するべきであった。

 ・また、平成12年の北方住宅北ブロック再生・活用調査業務(以下「調査業務」という。)の委託契約について南ブロックの基本計画等受託者と随意契約しているが、入札に付していれば格段に廉価でできた可能性は高いから、この随意契約は合理的理由がない。

 ・基本設計の委託において、調査業務の受託者を主体として、設計共同企業体以下「JV」という。)の相手方をプロポーザルにより選定し、当該JVと、随意契約したことは、公正が確保されたものとは言えず、また合理的理由もない。

 ・また、岐阜県会計規則第141条において「随意契約をしようとするときは、二人以上の者から見積書を提出させなければならない」と規定されているから、基本計画受託者や他の複数の者から何ら見積書を徴収していない。

 ・なお、基本設計受託者からこの委託契約の当日(8月28日)に、総額のみを記載した見積書を取得しただけであるから、これは県会計規則に反して見積書を徴収していない、というしかない。

 コ 北ブロックの建設に係る本体工事費は、実質的に基本設計の委託結果により決まるものである。

(2)措置要求
 本件は、自治法第242条第1項の括弧書に規定する「当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合」にあたるものであるから、岐阜県知事に「基本設計委託契約の違法及び無効を確認し改善措置をとること」、「基本設計委託料1億1550万円の支出の差止」、「現計画の本体工事費のうちの30億円の差止」又は「本体工事費が110億円でない場合は45万円/坪を超える額の支出の差止」に対する措置を勧告することを求める。

4 監査の実施
 請求があった事務を分掌する基盤整備部住宅課(以下、「住宅課」という。)を対象として、関係書類の調査、関係者からの事情聴取及び現地調査等による監査を行った。

5 監査の結果
 本件請求についての監査の結果は、次のとおりである。
(1)請求人は、実質的には基本設計によって本体工事費が決まるから、緊急に差止める必要があるとして、「現計画本体工事費の30億円の差止」または「本体工事費が110億円でない場合は、45万円/坪を超える額の支出差止」を要求しているが、本件については、自治法第242条第1項に規定された要件を欠くので却下する。
 以下、その理由について述べる。
 住民監査請求は、自治法で「当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合」(第242条第1項弧書き)についても監査請求がを行うことができると規定しているが、これは、当該行為がなされるおそれが存する場合において、単にその可能性が漠然と存在するというだけでなく、その可能性、危険性等が相当の確実さをもって客観的に推測される程度に具体性を備えている場合を指すものである。
 具体的には、公金の支出が「相当の確実さをもって予測される」といいうるためには、住民監査請求のあった時点において、@これに対して必要な予算が計上されている、あるいは予算の流用等により具体的に予算措置がなされていること、かつ、Aその執行について、例えば、用地取得において、相続関係が複雑で支出ができない場合など障害となるような特段の事情がないといいうる場合であると考えられる。本件の建替事業に係る北ブロック建設費については、現在予算計上もされておらず、またそのための予算の流用等もなされていないことから、「相当の確実さをもって予測される」とは言えない。
 なお、以下により請求人の主張する建設費差止請求について補足的に説明することとする。
 請求人は「実質的には基本設計によって本体工事が決まる」と主張するが、基本設計は、一定の仕様・仕上げなどを想定して、概算工事費を積算するものである。
 したがって、実施設計においては、必ずしも基本設計の条件に縛られるものではなく、整備することとなる具体的な設備・製品の決定や社会経済情勢等も勘案して設計されることなどから、基本設計によって本体工事費が決まるわけではない。

 (2)請求人は、基本設計委託契約の内容が公営住宅法等の目的・趣旨に反しており、当該「契約の違法及び無効を確認」し、「基本設計委託料1億1550万円の支出差止」措置の勧告を請求するが、その主張は理由がないものとして棄却する。
 以下、その理由について述べる。

 ○ 現行の企営住宅法は、平成8年の改正において、それまで住宅難の解消を第一の目的としてきたものを、高齢者や障害者などの住宅需要に対する対応、地域の良好なコミュニティーの形成、借り手の多様なニーズに対応するための地方企共団体の政策手段の拡大といったような抜本的な見直しが行われた。
 また、企営住宅等整備基準(平成10年4月21日建設省令第8号)においても、公営住宅はその周辺の地域を含めた健全な地域社会の形成に資するように考慮して整備することとなっているほか、安全、衝生、環境等を考慮し、かつ入居者等にとって便利で快適なものとなるように整備することとしている。

 ○ 建替事業は、平成2年度に学識経験者や地元代表者等による「県営北方住宅夢づくり委員会」で、町の将来計画と連携した整備方針が検討されたのを始め、平成4年度には外部委託により実施した「北方住宅再生計画」作成業務の結果報告書により、その基本となるコンセプトが提示されている。それによれば、県民の住宅に対するニーズが多様化している中、施設のバリアフリー化を図り、高齢者が積極的に社会参加ができ、また若年層にとっても魅力あるまちにすることで、あらゆる世代階層が交流(ソーシャルミックス)できる住宅の供給を目標として整備をしていく必要があること、また、生活様式や成長段階による将来の要求にも対応できる可変牲の高い住宅を供給するとともに、特に県営北方住宅は北方町の中心部に位置し、同町の人口の約2割に相当する大規模団地であることから、単なる共同住宅の建設というより、北方町の中心として周辺の環境をリードするような質の高い住宅地づくりを行うなど同町のまちづくり構想と一体的なものとして整備する必要性などを示している。

 ○ 当該基本設計業務は、このコンセプトのもとで北ブロックの基本設計を行うものであり、それは公営住宅法の目的・趣旨に沿ったものであると考えられる。なお、以下により請求人の主張する基本設計委託契約の違法又は無効による委託料差止請求について補足的に説明することとする。

 ア 建替事業に係る建設費が民間分譲マンション建設費と比較して過大であると主張するが、本事業は上記のように、若者から高齢者まであらゆる世代階層が交流できるというコンセプト等に基づいて行われるものであり、画一的に一般民間分譲マンションの建設費と比較することは妥当ではない。
 なお、公営住宅法第16条において「家賃は、近傍同種の住宅の家賃以下で定める」とされているから、建設費用等も周辺の民間の実体との乖離は許されないとも主張するが、公営住宅の家賃は、入居者の収入と立地条件等に応じて決定されるものであり、建設費によって決定されるものではない。

 イ 北ブロックの設計内容は、既設南ブロックで行った素材の使い方や、新築の新しい技法を、更に3次元的、立体的に発展させた方法等を目的として設計・建設しようとしており、このような設計・建築は、公営住宅法等の趣旨に反するとする主張は、前途の公営住宅法の趣旨及びコンセプト等から理由がないものと考えられる。

 ウ 南ブロック住宅入居者に対して実施した「住まいに関するアンケート調査」の結果がきわめて不評でアったため、北ブロックの設計において、コレを無視していると主張するが、このアンケート結果は定量的に集計(どのような意見がどれだけあるか、結果を数値で表現)され、基本設計に反映されるよう設計者において分析されている。
 また、基本設計を進めていく段階においても入居予定者に対して、その設計内容を説明することとなっている。

 エ 「岐阜県第八期住宅建設五箇年計画(平成13年〜17年)」を未だ作成していない状況において、本件基本設計に着手したことは、整備根拠を欠き、住宅建設計画法第6条に違反すると主張するが、当該計画は計画期間中における住宅供給数の目標を示すものであり、岐阜県の公営住宅整備事業量は国の住宅建設五箇年計画が策定された段階で決定され、北ブロックは、同ブロックが建替事業であること及び建替事業は平成2年度から継続して行われていることなどから、この整備事業量に含まれているものであり、基本設計を行うことは認められる。

 オ 調査業務の委託について、南ブロック基本設計等受託者との間に締結した随意契約は、入札に付していれば格段に廉価できた可能性は高いから、本件随意契約は合理的理由がないと主張するが、県営北方住宅は前述のとおり、その構想等が北方町のまちづくりの一環として整備が必要であり、建替計画のコンセプトの一体性、継続先の観点から、南ブロック設計に関わった設計者と随意契約を結ぶことには合理的な理由がある。

 カ 基本設計の委託において、調査業務の受託者を主体として、JVの相手方をプロポーザルにより選定し、当該JVと随意契約したことは、公正が確保されたものとは言えず、また合理的理由もないと主張するが、上記オと同趣旨により、その随意契約には合理的な理由がある。

 キ 請求人は、調査業務委託及び基本設計業務委託の契約締結に際して提出された見積書について、県会計規則に反すると主張するが、本契約は契約の相手方が特のものに限定されるときにあたり、設計図書も仕様書も相手方に示されていることから、県会計規則に違反しない。