平成一二年五月二四日判決言渡・同日原本領収 裁判官書記官
平成一〇年(行ウ)第八号公文書公開拒否処分取消請求事件
平成一一年一二月八日口頭弁論終結
判 決
岐阜県山県郡高富町西深瀬二〇八番地の一
原告(選定当事者) 寺町知正
岐阜市御望九五六番地の一四
原告(選定当事者) 別処雅樹
岐阜県可児市御嵩町上恵土一二三〇の一
脱退原告(選定者) 小栗均
岐阜県美濃市大矢田一四三四番地
脱退原告(選定者) 後藤兆平
岐阜県加茂郡八百津町伊岐志津一四〇五番地の一
脱退原告(選定者) 白木康憲
岐阜県山県郡高富町西深瀬二〇八番地の一
脱退原告(選定者) 寺町緑
岐阜県加茂郡八百津町潮見四〇七
脱退原告(選定者) 宮澤杉郎
岐阜県養老町上石津町大字上鍛治屋町九七の一
脱退原告(選定者) 三輪唯夫
岐阜県恵那郡坂下町坂下二三八四番地の一六
脱退原告(選定者) 原昌男
岐阜県揖斐郡谷汲村岐礼一〇四八番地の一
脱退原告(選定者) 山本好行
岐阜市薮田南二丁目一番一号
被 告 岐阜県知事
梶 原 拓
岐阜薮田南南二丁目一番一号
被 告 岐阜県教育委員会教育長
日比治男
右被告両名訴訟代理人弁護士 渡邊一
主 文
一 被告岐阜県知事梶原拓が原告ら及び選定者らに対してした別紙1、2記載の各処分を取り消す。
二 被告岐阜県知事梶原拓が原告ら及び選定者らに対してした別紙3記載の処分のうち、支出金調書中及び請求書中にある取扱従業員の印影を除く、その余の部分の文書の非公開決定部分を取り消す。
三 被告岐阜県知事梶原拓が原告ら及び選定者らに対してした別紙4記載の処分のうち、@ないしBの部分と、同Cのうち取扱従業員の印影を除くその余の部分の文書の非公開決定部分を取り消す。
四 被告岐阜県教育委員会教育長日比治男が原告ら及び選定者らに対してした別紙5記載の処分のうち、@ないしBの部分と、同Cのうち取扱従業員の印影を除くその余の部分の文書の非公開決定部分を取り消す。
五 原告らその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。
事 実
第一当事者の決めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告岐阜県岐阜県知事梶原拓(以下「被告知事」という。)が原告ら(選定者を含む。以下同じ。)にした別紙1ないし4記載の各処分(以下「本件処分一ないし四)といい、各処分に係る文書を「本件公文書一ないし四」、本件処分一ないし三に係る各非公開部分を「本件非公開部分一ないし三」、本件処分四に係る別紙4@及びA記載の非公開部分を一括して「本件非公開部分四」、同B及びC記載の各非公開部分を「本件非公開部分五及び六」という。)を取り消す。
2 被告岐阜県教育委員会委員長日比治男(以下「被告教育長」という。)が原告らにし た別紙5記載の処分(以下「本件処分五」といい、同処分に係る文書を「本件公文書五」、 同処分に係る別紙五@及びA記載の各非公開部分を一括して「本件非公開部分七」、同B及びC記載の各非公開部分を「本件非公開部分八及び九」という。)を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(1)原告らは、肩書地に居住する岐阜県民である。
(2)被告知事及び岐阜県教育委員会は、岐阜県情報公開条例(平成一一年一〇月七日岐阜県条例第三〇号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)二条一項所定の実施機関である。
2 本件条例の規定
同条例には、以下の規定がある。
(一)二条二項(定義)
この条例において「公文書」とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、 図面及び写真であって、実施機関が管理しているものをいう。
(二)5条(公文書の公開を請求することができるもの)
次にかかげるものは、実施機関に対して、公文書の公開を請求することができる。
(1)県内に住所を有する者
(2)県内に事務所又は事務所を有する個人及び法人その他の団体
3 原告らの公開請求
原告らは、本件条例五条に基づき、@被告知事に対し左記(一)ないし(四)のとおり、A被告教育長に対し左記(五)のとおり、それぞれ本件各公文書の公開請求(以下一括して「本件公開請求」という。)をした。
(一)平成一〇年四月八日 本件公文書一
(二)平成一〇年四月一三日 本件公文書二
(三)平成一〇年五月一五日 本件公文書三
(四)平成一〇年四月八日 本件公文書四
(五)平成一〇年四月八日 本件公文書五
4 本件処分
本件公開請求に対し、被告知事は左記(一)ないし(四)の、被告教育長は左記(五)のそれぞれ各(1)記載の日に、本件各公文書のうち同各(2)の範囲の文書を同各(3)の理由で公開しない旨の決定をし、その旨原告らに通知した。
(一)本件公文書一
(1)平成一〇年四月二〇日
(2)本件非公開部分一
(3)本件条例六条四号該当
(二)本件公文書二について
(1)平成一〇年四月二〇日
(2)本件非公開部分二
(3)本件条例六条四号該当
(三)本件公文書三について
(1)平成一〇年五月二六日
(2)本件非公開部分三
(3)本件条例六条四号該当
(四)本件公文書四について
(1)平成一〇年五月一二日
(2)本件非公開部分四ないし六
(3)@(本件非公開部分四につき)本件条例六条四号該当
A(本件非公開部分五につき)併せて公開すると、全額が諸新聞の購読に関する報償費であると混同されるため
B(本件非公開部分六につき)本件条例六条一号該当
(五)本件公文書五について
(1)平成一〇年五月一二日
(2)本件非公開部分七ないし九
(3)@(本件非公開部分七につき)本件条例六条四号該当
A(本件非公開部分八につき)併せて公開すると、全額が諸新聞の購読に関する報償費であると混同されるため
B(本件非公開部分九につき)本件条例六条一号該当
5 よって、原告らは、いずれも本件条例5条に基づき、@被告知事に対し本件処分一ないし四の、A被告教育長に対し本件処分五の各取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、同(一)の事実は不知。同(二)の事実は認める。
2 同2ないし4の各事実は認める。
三 抗弁
1 本件条例の公開除外規定及び部分公開規定等
同条例には、以下の規定がある(ただし、左記中一号ハ、四号ニの規定は、平成一〇年七月一日岐阜県条例二一号の改正に基づくものであって、同年四月一日以後に実施機関が作成し、又は取得した公文書について適用される。本件本件条例附則平成九年岐阜県条例二号一項、三項参照)。
(一)三条(解釈及び運用の基本)
実施機関は、公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるようこの条例を解釈し、運用するものとする。この場合において、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
(二)六条(公開しないことができる公文書)
実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、当該公文書に係る公文書の公開をしないことができる。
(1)一号
個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の 個人が識別され得るもの。ただし、次にかかげる情報を除く。
イ 法令及び条例(以下「法令等」という。)の定めるところにより、何人でも閲覧できるとされている情報
ロ 公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報
ハ 公務員(国家公務員法《昭和二二年法律一二〇号》二条一項に規定する国家公務員及び地方公務員《昭和二五年法律二六一号》二条に規定する地方公務員をいう。)の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職名及び氏名に関する情報(公開することにより、当該公務員の権利利益が著しく侵害される恐れがあるものを除く。)
ニ 包囲等の規定に基づく許可、免許、届出等に関して実施機関が作成し、又は取得し た情報であって、公開することが公益上必要であると認められるもの
(2)四号
法人(国家及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を含む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められるもの。だだし、次に掲げる情報を除く。
イ 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、公開することが必要であると認められる情報
ロ 違法又は不当なに事業活動によって生じ、または生ずるおそれがある支障から人の生活を保護するために、公開することが必要であると認められる情報
ハ イ又はロに掲げる情報に準ずる情報であって、公益上公開することが必要であると認められるもの
ニ 県との契約又は当該契約に関する支出に係る公文書に記録されている氏名又は名称であって、実施機関があらかじめ岐阜県公文書公開審査会の意見を聞いて公示したもの
(3)八条(公文書の部分公開)
実施機関は、公文書に関する六条の規定により公開しないことができる情報とそれ以外の情報が併せて記録されている場合において、公開しないことができる情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に分離できることができ、かつ、当該分離により請求の趣旨が損なわれることがないと認めるときは、公文書の部分公開(公文書に記録されている情報のうち公開しないことができる情報に係る部分を除いて、公文書に公開することをいう。)をしなければならない。
2 本件条例六条四号該当性(本件非公開部分一ないし四、七について)
(一)本件非公開部分一ないし四、七には、諸新聞の発行・販売業者などの事業者の氏名又は名称、住所、代表者名、印影、口座番号等の情報が記録されている。これらを公開すると、当該事業者の営業の実態、取引の状況等が明らかになり、以下のとおりその競争上の地位その他正当な利益が損なわれるおそれがあるから、本件条例六条四号該当の非公開事由がある。
(1)誰とどのような取引をしているかは当該事業者の重要な経営方針であって、通常
これらは営業秘密とされるものであり、公開することにより当該事業者に顧客確保等の無用な競争を強いることになり、不利益を与えるおそれがある。また、事業者が取り扱っている商品を、どこへ、いくらで、どれだけ販売しているかという情報を公開することは、営業方針や経理内容を明らかにするものであって、これらは事業者に著しい不利益となる。
(2)なお、日刊紙等においては、取扱販売店等が多数あり、購入契約も販売店との間で結ばれており、日刊紙の名を公開しても購入先である販売店は明らかにならないから、紙名を公開している。しかしながら、本件公開請求のあった諸新聞は、発行事業者の事業規模が比較的零細で、購入契約は発行事業者と直接締結されており、紙名を公開すると事業者名が判明してしまうから、非公開とされなければならない。また、これら事業者は、比較的限られた地域で事業活動をし、事業規模も零細であるから、取引先の情報が自己の意に反して公開されると取引先確保のために無用な競争を強いられる。更に、取引額と併せて事業者名を公開すると、その売上高が推測されるおそれもある。
(二)また、事業者の印影及び口座番号等は、事業者の営業活動上の内部情報に当たり、事業者自体が公開する場合を除き、厳重に管理されるべきものである。特に、公開請求があれば、請求者の属性や利用目的等を一切問わない本件公開条例による公開が認められれば、情報が不正に利用される可能性も否定できず、財産侵害や営業妨害により正当な利益が損なわれるおそれがあるから、その取り扱いについては慎重を期すべきである。
(三)なお、本件条例六条の解釈について、原告ら主張のように、本件条例と制度目的及 び保護法益の異なる不正競争防止法の営業秘密の定義を当てはめることには合理性がない。
そもそも同法が定義する営業秘密は、私人(私企業)間において、その侵害の防止と差止請求あるいは損害賠償請求の要件を等を定めるためのものであるのに、本件条例は、県が自ら関与する自ら管理・保有する法人等事業者の当該事業に関する情報について、これをどの範囲まで公開するかという問題であるからである。
3 本件条例六条一号該当性(非公開部分三、六、九について)
(一)本件非公開部分三に押印された取扱業者の印影、並びに本件非公開部分六及び九に押印された印影のうち事業者の従業員の印影は、それを押印した「債権者の従業員」という特定の個人を識別するに足りるものであるから、本件条例六条一号本文該当の非公開事由がある。
(二)もともと本件条例六条一号は、行政執行上の利益の保護を図って制定されたものではなく、個人の権利利益を尊重し、保護する観点から非公開事由を定めたものであり、特に個人情報に関し、本件条例三条後段で前記1(一)のとおり、個人情報の保護に対する配慮が求められていることからも、個人情報については原則非公開であると解するべきである。
(三)本号は個人のプライバシーの保護を主要な制定趣旨とするものであるが、明確にプ ライバシーと認められるもののみに保護の対象を限定する趣旨ではなく、プライバシーであるかどうか不明確なものを含め、個人に関する情報は原則として公開しないことを定めたものである。
また、膨大な個人情報を保有する岐阜県としては、個人情報保護の観点から、これら情報がみだりに公にされないように最大限の配慮をする義務を負っているものであり、また本件条例に基づいて公開がされる場合には、請求者が誰であるか、利用目的が何であるかにかかわらず、一切の情報が開示されてしまうのであるから、公開された情報の如何によって、当該個人が回復困難な損害を被るおそれが十分に考えられる。
したがって、個人情報の取扱は慎重にこれを行わなければならず、原告ら主張のように個人情報の概念を限定的に解することは許されない。
(四)なお、被告は、本件訴訟において本件処分三に関して右非公開事由を追加するものであるが、一般に、取消訴訟においては、特段の事情がない限り、行政処分の効力を維持するために、あらゆる法律上及び事実上の根拠を主張することが許される。本件処分三は、請求書中の印影について公開されることによる債権者の事実上の弊害を考慮して非公開したところ、右印影のうち従業員のものについては、非公開事由として本件条例六条一号該当性を追加するものであり、非公開とするうえでの基礎事実が異なるわけではなく、原告らに何ら不利益も与えないから、右非公開事由の追加が許容されるべである。
4 混同のおそれによる非公開(本件非公開部分五及び八について)
(一)本件条例八条では、公開しないことができる情報が併せて記録されている場合には、それが容易に分離でき、かつ、分離により請求の趣旨が損なわれることがないと認めるときは、部分公開をしなければならないとされているのであるから、同条の趣旨からして、容易に分離できない場合又は分離できても請求の趣旨が達成充足できないと認められる場合には、部分公開を行わなくてもよく、諸新聞に関する部分についても公開しないことができる。
(二)本件公開請求は、諸新聞以外の日々刊行される全国紙、地方紙等に係る支出部分の情報については対象に包含されていないところ、本件非公開部分五及び八については、諸新聞に関する部分とそれ以外の部分とを容易に分離することはできないから、前記場合に該当し、同部分の非公開処分には事由がある。
四 抗弁に対する認否及び原告らの主張
1 抗弁1の事実は認める。
2 抗弁2(本件条例六条四号該当性)の事実は否認し、法的主張は争う。
(一)本件条例六条四号が「競争上の地位その他正当な利益が損なわれる」という文言を採用していることを考慮すれば、公開義務が免除される情報は極めて限定的なものと解すべきである。
すなわち、同号の情報とは、生産技術上、販売上又は営業上のノウハウに関する情報等一般に競争の分野としてとらえられる情報、経営方針、財務管理、労務管理に関する情報、社会的評価又は社会的活動の自由等が損なわれると認められる情報等、競争上、内部管理上、信用上等の支障を生じさせることが明らかなものであって、本来外部に公開することを予定していないものを非公開とする趣旨であると解さなければならない。この点については、不正競争防止法二条四項の解釈が参考とされるべきであって、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」について、実質的な被害が客観的に生じる場合に限られると解するべきである。
(二)(1)諸新聞等の情報誌は大衆の目に触れることを目的として作成、販売されているものであるから、そもそもその取引の実態が公開されたところで何ら営業上の障害は生じない。
(2)諸新聞の中には口座番号を紙面に掲載したものもあり、こうような情報誌については事業者自らが公開しているものであるから、被告の主張に照らしても非公開とすることはできない。また、印影や振込先は、もとも外部に公開して使用することが予定されているものである。
(3)本件各処分中には、同じ項目であっても、個々の文書において、公開とされているものと非公開とされているものとが混在しており(たとえば甲八の三の右側請求書、甲九の一の右下領収書、甲九の二の右上領収書、甲一六の右下領収書の但書欄は塗りつぶされているが、甲九の二の左上、左中領収書の但書欄は開示されている。)、かかる扱いは著しい裁量権濫用であって違法であるし、そもそも非公開とする必要がなかったことを示している。
(4)部分公開された本件各公文書中には、本件各処分の「非公開部分及び理由」に明示されていない誌紙名、摘要名、欄外、日付、資金枠番号、支出命令額、控除額、支給額、事前決済未執行額等が塗りつぶされているものがあり違法である。
(5)諸新聞のなかには全国的に発行・販売されているものもあるし、郵政省の第三種認 定も受けているものもあるのであって、これらをひと絡げにして比較的零細であるとか、比較的限られた地域とすることは誤りであり、個々の事業者の規模、販売形態、発行部数などに基づいて、個々の支出文書ごとに非公開事由該当性を判断すべきである。
(6)岐阜県庁における購読料から事業者の売上総額を推測できるなどということはあり 得ないし、仮に推測できたとしてもそのことから正当な利益に対する具体的な侵害が生じることは考えられない。
3 抗弁3(本件条例六条一号該当性)の事実は否認し、法的主張は争う。
(一)本件公文書中の印影から押印した個人を特定することは不可能である。また、取扱者の印影は、団体等の業務の一環として押印されたものであって、かかる団体の職務としての行為に関する情報は私的な領域の問題とはいえず、本件条例六条一号に該当するものではない。
(二)また、行政処分の後に、これを取り消すことなく処分理由を追加・変更することは許されず、本件処分三の理由として本件条例六条一号該当性を追加することはできない。
4 抗弁4(混同のおそれによる非公開)の事実は否認し、法的主張は争う。
右事実に係る被告の主張は、公開請求に係る文書の一部を、条例に列挙されていない事由を理由に非公開とするものであって、違法である。
(一)公文書の公開請求とは、「公文書のうちの請求事項の部分のみ」の公開を求めるものではなく、「請求事項を記載した公文書の全体」の公開を求めたものであって、一個の文書の内容全部が公開請求の対象となっていることは明らかである。
(二)この点に関する被告の主張は「公開しないことができる情報以外」はすべて公開すとされている本件条例八条に違反しているし、同三条にも違反している。
(三)実質的にも、「混同されるため」というのみで、いかなる問題が生じるのかを具体的に述べないのでは、非公開の理由として不十分である。
第三 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理 由
一 弁論の全趣旨によれば、請求原因1(一)の事実を認めることができ、その余の請求原因事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、被告主張の抗弁について検討する。
1 本件条例六条四号該当性に関する判断(本件非公開部分一ないし四、七について)(一)証拠(甲一ないし甲五、甲七ないし甲一八《いずれも枝番を含む》)及び弁論の全趣旨によれば、@本件各公文書は、(ア)諸新聞の購入ないし右新聞への広告掲載または協賛等(以下一括して「購入等」という。)のために支出した代金に関し岐阜県の出納事務担当者が作成した支出金調書(支払負担行為を兼ねる場合は、これを含む。以下同じ。)、(イ)諸新聞の発行者ないし販売店等(以下一括して「発行者等」という。)が作成した請求書及び領収書であると認められ、Aそのうち本件各非公開部分には、(a)発行者等の住所、社名、代表社名、印影、購入等の代金の振込先ないし振替先の口座番号等、発行者等自身に関する情報、(b)購入等の代金の請求手続あるいは領収手続を担当した、発行者等の従業員の印影、(c)支払に係る諸新聞の紙名、月号、部数などが記載されているものと推認され、(d)一部の非公開部分には、支出命令額、控除額、支給額、事前決済未執行額、資金枠番号等が記載されている場合もあると認められるが、それ以上に、発行者等の営業上の有形・無形の秘密、ノウハウ等、同業者との対抗関係上、特に秘匿を要するような情報が記載されているとは認められない。
また、証拠(甲七、甲八の二・三、甲一八、甲一九)によれば、本件公開請求で問題となっている諸新聞と類似の新聞中には、購入等の代金の振込先ないし振替先の口座番号を紙面に掲載しているものが相当数あるものと認められ、その事情は、本件の諸新聞において同様であると推認されるほか、本件各非公開部分に含まれる発行者の請求書等にも、右口座番号を記載したものが相当数あると認められる。
(二)右認定の事実に基づいて検討するに、右認定のとおり、本件非公開部分一ないし四、七には、発行者等の営業上の秘密やノウハウ等、同業者との対抗関係上、秘匿を要する情報が記録されているとは認められないうえ、右非公開部分が公開されたとしても、通常、岐阜県が諸新聞を購入等している状況や、発行者が一般の取引先に公開している振込先の口座番号等が明らかになるだけであるから、これから直ちに発行者等の営業実態が明らかになって、その営業上の秘密が侵されることになるとは認められない。
また、岐阜県における諸新聞の購入等の事実が公開された場合に、特に発行者等が社会的評価の低下などの不利益を被る実態も容易に考え難い。したがって、右非公開部分の公開により、発行者等の競争上の地位その他正当な利益が損なわれるとは認められず、右本件非公開部分について、直ちに本件条例六条四号所定の非公開事由があるというのは困難である
(三)右認定に対し、被告は、@諸新聞との売り先、数量、金額等は、通常発行者等の営業秘密に属する、A特に、諸新聞は、発行事業者の事業規模が比較的零細であるから、取引先の情報が自己の意に反して公開されると取引先確保のために無用な競争を強いられたり、その売上高が推測されるおそれがある旨主張している。
しかしながら、諸新聞の売り先、数量等の情報は、発行者等の営業実態を明らかにする程度の量、規模であれば、発行者にとって営業秘密に属する情報である場合があり得るが、購読者が自己の購読している諸新聞を明らかにすることは何ら妨げがないのであり、このことは、公的機関が購読者である場合も同様であるから、自己の購読しているものに関する限度においては、発行者等も公表されることを忍受すべきであり、これらの情報は、発行者等の営業秘密に属する情報であるとは認め難いから、右@の主張は、容易に採用できない。また、本件条例六条所定の非公開事由については、被告に主張立証責任があると解するべきところ、本件では、一般に諸新聞の発行者等が特に小規模ないし零細業者であって、同業者との対抗上不利益な地位にあると認めるだけの証拠はなく、発行者等の中には相当規模のものも存する可能性もあるが、被告は、本件非公開部分に含まれるどの発行者等が問題となる小規模零細業者であるかを識別するに足りるだけの立証をしていないから、右Aの主張も、その前提を認めめことができず直ちに採用できない。
(四)更に、被告は、発行者等の印影及び口座番号等は、事業者の営業活動上の内部情報に当たるし、また情報が不正に利用されてろ、財産侵害や営業妨害につながるおそれがあるから非公開とされるべき旨を主張している。
しかしながら、前記(一)後段認定の事実によれば、本件非公開部分中の請求書や領収書にある口座番号は、もともと諸新聞の発行者等が購入等の代金請求のために一般的に取引先に公開している情報であると認められる。
また、右請求書等に押捺された発行者等の印影も、右代金請求等の際に、債権者の同一性を確認するための手段として同様に取引先に公開されるのが通常であると考えられる。したがって、本件では、本件非公開部分一ないし四、七中の口座番号や印影の非公開を主張する被告において、口座番号や印影等に関し、取引先に公開されない特別な情報が右非公開部分に存在することの主張立証すべきものと解するのが相当である。しかし、被告は、この点について具体的な立証をしないから、問題の印影や口座番号をが直ちに発行者等の営業活動上の内部情報に当たるとは認められない。
更に、印影や口座番号の偽造・偽装等による不正行為は一般に相当頻度の少ない出来事であるし、他方発行者の印影や口座番号は、右認定のように一般的に公開されている可能性が高いから、本件公開請求によって、直ちに被告主張のような不正行為誘発の危険が増加するとも認め難い。
したがって、被告の前記主張も採用することができない。
(五)終局、本件条例六条四号該当性に関する被告の主張は、いずれも理由がなく、本件各処分のうち右に係る部分はいずれも取消を免れない。
2 本件条例六条一号該当性に関する判断(本件非公開部分三、六、九について)
(一)まず、本件処分三に対する被告の理由追加の可否について検討する。
本件条例一〇条四項は、公文書の非公開決定に理由付記を要求しているところ、その趣旨は、本件条例一条がが県民の公文書公開の権利を明らかにし、同三条が右権利の十分な尊重を要請していること等に鑑み、実施機関の恣意的判断を抑制し、公開請求書に不服申立の便宜を与えることを目的とするものと解される。しかし、右各条項が、実施機関が非公開処分の取消訴訟において、処分理由を追加して主張することを許容しない趣旨を含むものと解する根拠はない。したがって、被告の右理由追加は、これを許容すべきものということができ、これに反する原告らの見解は容易に採用できない。
(二)次に、本件非公開部分三、六、九に含まれる印影の内容について検討するに、この中には、それぞれ、@事業を営む個人又は法人等の代表者の印影と、Aそれ以外の取扱従業員の印影が含まれている可能性があるものと推認することができる。
そこで、まず後者の取扱従業員の印影について検討するに、これら印影は、担当者の同一性の確認を目的として、その名字等を表示するために使用されるものであって、個人に関する情報というべきであり、また表示された名字等に、社員名簿その他適当な資料を組み合わせることによって特定の個人が十分識別され得るものであると認めることができる。
したがって、本件非公開部分三、六、九中の押印のうち、発行者等の取扱従業員の印影に関しては、本件条例六条一号所定の非公開事由があると認められるのが相当であって、本件処分三ないし五のうち、右印影の非公開決定部分には正当な理由がある。
右に対し、原告らは、取扱者の印影は、団体等の業務の一環として押印されたものであって、かかる団体の職務としての行為に関する情報は私的な領域の問題とはいえないから、本件条例六条一号に該当しない旨を主張しているが、同号は、個人に関する情報で個人識別性のあるものであれば、これが私的領域に関するものか否かを問わず、公文書公開の対象外としたものと解されるのであって、直ちに右見解を採用することはできない。そして、そのほかに、本件条例六条一号イないしニ所定の非公開除外事由の主張立証はない。
(三)続いて、本件非公開部分三、六、九中の事業を営む個人に又は法人等の代表者の印影について検討するに、これらの印影は、右個人事業者の事業ないし右法人の営業の遂行のために押印されたものと推認することができ、この推認を覆すに足りる証拠はない。
そして、本件条例が、形式的には六条一号の個人に関する情報に該当する情報であっても、事業を営む個人の当該事業に関する情報を同号の対象から除外して、その公開の当否をもっぱら本件条例六条四号によって決定する構造に出ている点に鑑みれば、個人事業者の事業ないしこれと同等の法人の営業の遂行のために用いられた事業を営む個人又は法人等の代表者の印影は、本件条例六条一号の個人に関する情報に該当しないと解するのが相当である。したがって、本件処分三ないし五のうち、事業を営む個人に又は法人等の代表者の印影に関する部分も取り消されるべきものと認められている。
3 混同のおそれによる非公開に関する判断(本件非公開部分五及び八について)
この点について、被告は、諸新聞の購読に係る報償費とそれ以外のものとの混同のおそれがある場合は、本件条例八条を基礎として報償費の合計額に関する情報を公開しないことが許される旨主張している。
しかしながら、本件条例八条は、同六条所定の公開除外事由がある場合に公文書の部分公開ができる旨を定めた規定であるところ、諸新聞の購読に係る報償費について本件条例六条所定の公開除外事由が認められないのは以上認定してきたとおりである。
したがって、被告の右主張は容易に採用できず、本件非公開部分五及び八の非公開決定は違法というべきである。
三 以上の次第で、原告らの請求は、@本件処分一及び二の全部と、A本件処分三のうち支出金調書中及び請求書中の取扱従業員の印影の非公開決定部分を除くその余の部分、C本件処分四及び五のうち請求書及び領収書中の取扱者欄に押印されている取扱従業員の印影の非公開決定部分を除くその余の部分の各取消を求める限度で理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条、六五条を適用して主文の通り判決する。
岐阜地方裁判所民事第二部
裁判長裁判官 青山郁夫
裁判官 夏目明徳
裁判官 今泉裕登
(別紙)
1 平成一〇年四月二〇日付
広報課が窓口になっている、日日刊行される全国紙、地方紙を除く諸新聞の購読料、購読課及び金額(平成八年四月一日から平成一〇年四月八日までに支出されたもの)を記録した支出金調書中の受取人欄、支払方法欄及び支払内容欄並びに請求書中の債権者に関する情報が記録された部分を公開しないとの処分
2 平成一〇年四月二〇日付
広報課が窓口になっている、日日刊行される全国紙、地方紙を除く諸新聞の購読料、購読課及び金額(平成七年度執行分)を記録した支出金調書中の受取人欄、支払方法欄及び支払内容欄並びに請求書中の債権者に関する情報が記録された部分を公開しないとの処分
3 平成一〇年五月二六日付
広報課が窓口になっている、日日刊行される全国紙、地方紙を除く諸新聞の購読料、購読課及び金額(平成九年度執行分で、平成一〇年四月九日から平成一〇年五月一五日までに支出されたもの)を記録した支出金調書中の受取人欄、支払方法欄及び支払内容欄並びに請求書中の債権者に関する情報が記録された部分を公開しないとの処分
4 平成一〇年五月一二日付
日日刊行される全国紙、地方紙を除く諸新聞の購読に関する支出金調書及び添付書類で、広報課が窓口になっているものを除いた本庁文(平成八年度及び平成九年度執行分で、平成八年四月一日から平成九年四月八日までに支出されたもの)のうち、@消耗品費の支出負担行為兼支出金調書中の受取人欄、支払方法欄及び支払内容欄並びに請求書中の債権者に係る住所、社名、代表者、印影、口座番号等の情報が記録された部分、A報償費の支出負担行為兼支出金調書中の支払内容欄及び支払精算調書に添付されている領収書中の債権者に係る住所、社名、代表者、印影、口座番号等の情報が記録された部分、B報償費の支出負担行為兼支出金調書及び支払精算調書(添付書類を含む)中の諸新聞の購読に係るものとそれ以外の報償金の合計額に関する情報が記録された部分、C請求書及び領収書中の取扱者欄に押印されている印影を公開しないとの処分
5 平成一〇年五月一二日付
日日刊行される全国紙、地方紙を除く諸新聞の購読に関する支出金調書及び添付書類で、広報課が窓口になっているものを除いた本庁文(平成八年度及び平成九年度執行分で、平成八年四月一日から平成九年四月八日までに支出されたもの)のうち、@消耗品費の支出負担行為兼支出金調書中の受取人欄、支払方法欄及び支払内容欄並びに請求書中の債権者に係る住所、社名、代表者、印影、口座番号等の情報が記録された部分、A報償費の支出負担行為兼支出金調書中の支払内容欄及び支払精算調書に添付されている領収書中の債権者に係る住所、社名、代表者、印影、口座番号等の情報が記録された部分、B報償費の支出負担行為兼支出金調書及び支払精算調書(添付書類を含む)中の諸新聞の購読に係るものとそれ以外の報償金の合計額に関する情報が記録された部分、C請求書及び領収書中の取扱者欄に押印されている印影を公開しないとの処分
右は正本である。
平成一二年五月二四日
岐阜地方裁判所
裁判官書記官 玉嘉昭
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