平成一一年一二月九日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成一一年ミ第五号 東海環状道関連情報非公開処分取消請求事件
(口頭弁論終結の日 平成一一年一〇月二一日)

      判    決

岐阜県山県郡高富町西深瀬二〇八番地の一
 原告選定当事者     寺 町 知 正

岐阜市御望九六五番地の一四
    原告選定当事者     別処 雅樹
       (選定者は別紙選定者目録のとおり)

岐阜市藪田南二丁目一番一号
被     告 岐  阜  県  知  事
梶    原      拓
  右訴訟代理人弁護士  端 元 博 保
          同     伊 藤 公郎
          同     池 田 智洋

  主    文

一 被告が原告選定当事者ら及び選定者らに対して平成一〇年一〇月一日付けでした別紙文書目録記載の公文書の非公開決定処分のうち、同目録(二)及び(三) 記載の公文書を非公開とする部分を取り消す。

二 原告選定当事者らのその余の請求を棄却する。


三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告選定当事者らの、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一 請求
 被告が原告選定当事者ら(以下「原告ら」という。)及び選定者らに対して平成一〇年一二月一日付けでした別紙文書目録記載の公文書の非公開決定処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第二 事案の概要
 本件は、原告ら及び選定者らが、被告に対し、岐阜県情報公開条例(平成六年岐阜県条例第二二号、以下「本県条例」という。)に基づき、東海環状自動車道(西回りルート)に関する公開条例施行から現在までの計画決定に関する資料、国・市町との協議に関する文書、要望書等(都計審及び広告縦覧資料は除く)の公開を請求したところ、被告が原告ら及び選定者らに対して本件処分をしたので、原告らが、被告に対し、本件処分の取消しを求めた、という事案である。

 一 争いのない事実等
1 当事者
 原告ら及び選定者らは、いずれも岐阜県内に住所を有する者であり、本件条例五条一号による公文書の公開を請求することができるものである。
 被告は、本件条例二条一項の公開の実施機関である。

  1 本件条例
 本件条例には、次のとおりの規定がある。
第六条 実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、当該公文書に係る公文書の公開をしないことができる。
   一 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され得るもの、ただし、次に掲げる情報を除く。
 イ 法令及び条例(以下「法令等」という。)の定めるところにより、何人も閲覧することができるとされている情報

 ロ 公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報

 ハ 公務員(国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第二条第一項に規定する国家公務員及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二条に規定する地方公務員をいう。)の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職名及び氏名に関する情報(公開することにより、当該公務員の権利利益が著しく侵害されるおそれがあるものを除く。)
 
 ニ 法令等の規定に基づく許可、免許、届出等に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上必要であると認められるもの

七 県又は国等の事務事業に係る意思形成過程において、県の機関内部若しくは機関相互間又は県と国等との間における審議、協議、調査、試験研究等に関し、実施機関が作成し、又は取得した情報であって、公開するすることにより、当該事務事業又は将来の同種の事業に係る意思形成に著しい支障が生ずると認められるもの

八 監査、検査、取締り等の計画及び実施要領、争訟又は交渉の方針、入札の予定価格、試験の問題及び採点基準その他県又は国等の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれのあるもの


第十条4 実施機関は、公文書の公開をしない旨の決定(第八条の規定に基づき、請求に係る公文書の一部を公開しないこととする場合の当該公開しない旨の決定を含む。)をしたときは、第二項の書面にその理由を記載しなければならない。この場合において、当該理由がなくなる期日をああかじめ明示することができるときは、当該書面にその期日を併せて記載しなければならない。

3 本件請求
 原告ら及び選定者らは、被告に対し、平成一〇年九月一七日付けで、東海環状自動車道(西回りルート)に関する公開条例施行から現在までの計画策定に関する資料、国・市町との協議に関する文書、要望書等(都計審及び広告縦覧資料は除く)の公開を請求した。

4 本件処分の存在
 被告は、平成一〇年一二月一日付けで、本件請求に係る公文書の件名又は内容を別紙文書目録記載の公文書(以下「本件公文書」という。)と特定した上、右文書のうち、同目録(一)記載の公文書は本件条例六条一項一号及び八号に、同目録(二)ないし(四)の公文書は同項八号(本件訴訟において被告は同項七号の追加主張をした。)にそれぞれ該当するとの理由で、これらを全部非公開とする旨決定し、原告ら及び選定者らに対し、その旨通知した。

二 争点
1 非公開理由の追加主張は認められるか。


2 本件公文書は、本県条例六条一項一号、七号又は八号に該当する情報が記載されている公文書に当たるか。 

三 争点に関する被告の主張
1 争点1について
 行政処分の取消訴訟における審判の対象は、行政処分の違法性一般であるから、審判の対象を逸脱しない限り、処分理由の追加処分は認められるべきである。
 本件条例六条一項七号及び八号は、当該事務事業又は将来の同種の事務事業の遂行に支障を及ぼすという点で一致しており、また、本件請求の対象とされている審議会の資料等は、もともと意思形成過程において作成ないし取得されるものであることを考えると、本件処分の非公開理由について、本件条例六条一項八号の該当性だけでなく、同項七号の該当性の追加主張をすることは、審判の対象を何ら逸脱するものではない。
 したがって、非公開理由の追加主張は認められるべきである。

2 争点2について
 本件公文書は、以下のとおり、本県条例六条一項一号、七号又は八号に該当する情報が記録されている公文書に当たるというべきである。

 (一) 別紙文書目録(一)記載の公文書(都市計画決定の公告縦覧に係る意見書)
(1) 本件条例六条一項一号の該当性について
 本件条例六条一項一号は、いわゆるプライバシー型ではなく、個人識別型を採用している。これは、明確にプライバシーと認められるものに限らず、プライバシーか否かが不明確なものも含めて個人情報を保護することにより、公開の利益より個人の尊厳を重く見たという立法判断の結果であるから、当該公文書を公開すべきか否かは、個人識別情報を広く保護した本件条例の趣旨に則って判断すべきである。
 本件意見書は、都市計画法一七条二項により、関係市町村の住民及び利害関係人が都市計画に意見を反映させるために提出したものであり、第三者に公開されることを想定していない。意見書の中には、地域エゴ等を背景に極めて個人的性格の強い意見も含まれており、意見書を公開すると、個人の信条、社会・経済活動に影響を及ぼす可能性が高い。
 したがって、本件意見書は、本県条例六条一項一号に該当する情報が記録されている公文書に当たる。

(2) 本県条例六条一項八号の該当性について
 本件条例六条一項八号は、県又は国等の事務事業の公正かつ円滑な執行を確保するため、公文書の公開をすることにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれのある情報文書を公開しないこととしたものである。
本件事務事業は、都市計画決定事業であり、本件意見書を開示すると、意見書を提出しようとする住民及び利害関係人に対し、提出者本人の文書が恣意的に公開されることがあるという心理的な圧力を加えることになり、将来の都市計画決定事務事業について、民意を反映させるという業務の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがある。都市計画決定において、利害が相反する地域利益の衝突が生じることは明白であり、都市計画決定に当たり混乱が発生する高度の蓋然性がある。
 したがって、本件意見書は、本件条例六条一項八号に該当する情報が記録されている公文書に当たる。

(二) 別紙文書目録(二)ないし(四)記載の公文書(審議会、協議会及び環境影響評価専門部会の協議事項に係る文書、資料)
(1) 本件条例六条一項七号の該当性について
 本件条例六条一項七号の趣旨は、最終意思決定がなされていない情報を開示すると、県民に誤解を与え、又は無用の混乱を招くおそれがあるだけでなく、会議等において特定の意見を述べるよう不当な圧力を受けるおそれがあるなど、行政内部の審議・協議等を適正かつ効率的に行うことに支障をきたすことがあり、また、意思決定後の公開においても、将来の同種事務事業の意思形成に支障をきたすことがあるので、これらを防止することにある。
 本件文書等は、意思形成過程の途上の案に過ぎず、圧力団体の牽強付会な引用により、最終意思決定との齟齬をとらえて県民に誤解を与える可能性が大きく、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に著しい支障を与えることは明らかである。
 特に、協議会では、審議会での議決に向けて、審議を充実して自由な討議を担保するため、議事録もとらない方針で開かれていたことを考慮すると、協議会の協議事項に係る文書等も公開になじまない。
 したがって、本件文書等は、本県条例六条一項七号に該当する情報が記録されている公文書に当たる。

(2) 本件条例六条一項八号の該当性について
 審議会、協議会及び環境影響評価専門部会の協議事項に係る文書等を開示すると、審議会委員らに心理的な圧力を与えることになり、将来の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれがある。
 原告らは、本件文書等は、環境影響評価書及びその参考資料並びに議事録の公開により、実質上情報が開示されている旨主張するが、生の資料公開と実質上の情報開示とでは、心理的な圧力や事業の円滑な執行に与える影響度で異なるというべきである。
 したがって、本件文書等は、本件条例六条一項八号に該当する情報が記録されている公文書に当たる。

 四 争点に関する原告らの主張
  1 争点1について 
本件条例一〇条四項は、公文書の非公開決定処分をするに当たり、処分理由の記載を要求しているが、その趣旨は、行政庁の判断の慎重を確保して恣意を制御することにある。
 行政処分の取消訴訟で処分理由の追加主張を認めることは、右趣旨を没却することになる。
 したがって、非公開理由の追加主張は認められるべきでない。

2 争点2について
 本件公文書は、以上のとおり、本件条例六条一項一号、七号又は八号に該当する情報が記録されている公文書に当たらないというべきである。

(一) 別紙文書目録(一)記載の公文書(都市計画決定の公告縦覧に係る意見書)
 (1) 本件条例六条一項一号の非該当性について
  本件条例六条一項一号は、個人のプライバシーの権利を保護することを目的とするものであるから、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報であっても、公開することにより、個人のプライバシーの権利が侵害されない場合には、公開の義務は免除されない。
 意見書の記述内容と住所及び氏名等の個人情報は、峻別して判断すべきであり、意見書の全体を一括して非公開としたことは、違法である。また、住所及び氏名等の個人情報が記載された文書であっても、プライバシーの権利の侵害の有無・程度を具体的に検討すべきであり、意見書を一律に非公開としたことは、違法である。
 さらに、意見書の要旨は、既に公開されている。
 したがって、本件意見書は、本件条例六条一項一号に該当する情報が記録されている公文書に当たらない。

 (2) 本件条例六条一項八号の非該当性について
 本件では、単に実施機関の主観で、著しい支障が生ずるおそれがあるとしているだけであって、右のおそれが具体的に存在することはあり得ない。また、将来の事務事業についても、何ら特定性がなく、本件条例の拡大解釈により、漠然とした抽象的な理由で非公開とすることは、違法である。
 被告が主張するように、都市計画決定手続において利害が相反する地域利益の衝突が生じることがあり得るとしても、それは、本件意見書を公開することによってはじめて生じるものではなく、都市計画決定手続の課程で既に現れているものであって、新たに事務事業に支障が生ずるわけではない。
 したがって、本件意見書は本件条例六条一項八号に該当する情報が記録されている公文書に当たらない。

(二) 別紙文書目録(二)ないし(四)記載の公文書(審議会、協議会及び環境影響評価専門部会の協議事項に係る文書、資料)
(1) 本件条例六条一項七号の非該当性について
 本件条例六条一項七号の「事務事業に係る意思形成過程」とは、当該事務事業に係る県又は国等の最終的な意思決定が終了するまでの間をいい、また、同号で「著しい支障が生ずる」と限定した趣旨は、公文書の公開をすることにより意思形成に生ずる支障が軽微なときは、当該公文書は公開されるべきであることを明らかにしたものと解すべきである。
 本件事務事業は、本件請求の約二年前である平成八年一〇月三日の都市計画決定、告示されているのであるから、既に意思形成を終了しているといえるのであり、しかも、著しい支障を生ずるおそれもない。
 したがって、本件文書は、本件条例六条一項七号に該当する情報が記録されている公文書に当たらない。

(2) 本件条例六条一項八号の非該当性について
 都市計画決定権者としての意見書の要旨に対する知事の見解は、自ら提案した計画を肯定する立場から表明されるため、最終的な見解に限りなく近く、しかも、東海環状自動車道(西回りルート)は、既に都市計画決定がなされているのであるから、本件文書が公開されたとしても、具体的かつ客観的に支障が生ずるおそれはない。
 審議会の議案書及び議事録等は、既に公開されており、また、環境影響評価書には、意見書の要旨及び都市計画決定権者の見解が記載されているところであり、さらに、知事の見解は、審議会の議事録の中で開示されているのであって、知事の見解のみを非公開とすべき理由はなく、これらの文書等が公開されたとしても、何ら支障はない。
 協議会は、審議会での最終的な結論に至る経過段階にすぎないから、協議会の文書が公開されたとしても、何ら支障はない。
 環境影響評価準備書及び環境影響評価書の成案前のものは、いずれも実質的には成案とほぼ同様の内容であり、これらの文書等が公開されたとしても、何ら支障は生じない。特に都市計画決定手続がすべて終了した現時点において、これらの文書等が公開されたとしても、具体的かつ客観的に支障が生じるおそれはない。
 したがって、本件文書は、本件条例六条一項八号に該当する情報が記録されている公文書に当たらない。

第三 当裁判所の判断
 一 争点1(非公開理由の追加主張の可否)について
 原告らは、行政処分の取消訴訟で処分理由の追加主張を認めることは、本件条例が公文書の非公開決定に理由の付記を要求している要旨を没却することになる。したがって、非公開理由の追加主張は認められべきでないと主張する。
 しかし、本件条例一〇条四項が、公文書の非公開決定に理由の付記を要求している要旨は、非公開理由の有無につき実施機関の判断の慎重を担保してその恣意を制御するとともに、非公開理由を請求者に知らせることにより不服申立てに便宜を与えることにあるものと解されるところ、本件処分において、被告は、本件請求に係る公文書の件名又は内容を別紙文書目録記載の公文書と特定した上、本件公文書のうち、同目録(二)ないし(四)の公文書について、その記載内容の全体を概観し、これらを公開することにより生ずる支障を考慮して、非公開の決定及び理由を判断したものと考えられ、本件取消訴訟における非公開理由の追加主張も、本件処分当時に全く問題としていなかったような記載部分等に着目するなどして、異なる基礎事実を前提としてなされたものではなく、かえって同一の基礎事実を前提とした上、本件処分に当たって付記した本件条例六条一項八号に規定する公開による支障が、同項七号に規定する公開による支障も生じさせるであろうことを考慮してなされたものとうかがわれることに照らすと、本件取消訴訟における非公開理由の追加主張が、直ちに公文書の非公開決定に理由の付記を要求している本件条例一〇条四項の趣旨を没却することになるとはいえない。
 したがって、本件取消訴訟における非公開理由の追加主張は認められるというべきである。

 二 争点2(本件条例六条一項一号、七号又は八号の該当性の有無)について
1 前記争いのない事実等に加え、証拠(甲三.四)、裁判所において顕著な事実並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件都市計画決定の手続について、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 岐阜県では、建設省が東海環状自動車道(関市〜養老町)のルートを公表したことを受けて、右自動車道の沿線にある関市、高富町、岐阜市、大垣市及び養老町の各首長から、被告に対し、都市計画道路の変更申請がなされ、被告は、右各市町の都市計画道路を変更する知事原案を作成し、平成八年三月一二日から同月二六日までにかけて、道路の変更案の縦覧を行った。


(二) その後、被告は、岐阜県都市計画地方審議会(以下「審議会」という。)あてに各市町の都市計画道路の変更案を諮問し。これを受けて、同年八月二三日、審議会が開催された。
 審議会では、縦覧に供された都市計画の案についての住民及び利害関係人の意見書の要旨が提出されるとともに、これに対する都市計画決定権者である被告の見解が提示されるなどして、都市計画に関する調査審議がなされた上、審議会会長から各原案を適当と認める旨の答申がなされた。


(三) 右答申を受けた被告は、同年九月五日、建設大臣に許可申請を行ったところ、同月二七日に建設大臣の許可がなされたため、同年一〇月四日、各市町の都市計画道路を変更する旨の都市計画変更決定をして、都市計画の変更告示を行った。


(四) なお、被告の諮問に先立ち、四回にわたり岐阜県都市計画地方審議会協議会(以下「協議会」という。)が開催され、本件都市計画に関する調査審議がなされた。岐阜県都市計画地方審議会は、一回の審議だけを行うのが慣例であるが、本件都市計画の決定に際しては、その調査審議に多くの時間が必要と考えられたため、数回に分割して調査審議がなされることになり、事務処理上の便宜のため、被告の諮問前のものを岐阜県都市計画地方審議会協議会と称したものである。
 また、審議会に先立ち、数回にわたり環境影響評価専門部会(以下「専門部会」という。)が開催され、本件都市計画による環境影響評価手続に関する協議がなされ、その結果は、環境影響評価書及び環境影響評価準備書にまとめられた。

2 そこで、以上の事実を前提として、本件公文書が、本件条例六条一項一号、七号又は八号に該当する情報が記録されている公文書に当たるか否かについて検討する。

(一) 別紙文書目録(一)記載の公文書(都市計画決定の公告縦覧に係る意見書)
(1) 本件条例」六条一項一号の該当性の有無について
 当該文書は、縦覧に供された都市計画の案についての住民及び利害関係人の意見書であり、住民らの氏名、住所及び意見の内容等が記載されていると推認されるから、これを全体として見ると、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得るものとして、本件条例六条一項一号に該当する情報が記録されている公文書に当たる。
 原告らは、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報であっても、個人のプライバシーの権利が侵害されない場合には、個人のプライバシーの権利の保護を目的とする本件条例六条一項一号に該当する情報が記録されている公文書に当たらないと主張する。
  しかし、同号は、個人のプライバシーを最大限に保護するために設けられたものであるが、プライバシーの具体的な内容や保護の範囲は、プライバシーが個人の内心に関わるものであり、かつ、人によって考え方も異なることから、一律的な結論を出すのが困難であるので、明確にプライバシーと認められるものに限らず、氏名、住所、経歴、思想、信条、身体的特徴、健康状態、財産の状況、家族構成その他一切の個人に関する情報で、特定の個人が識別され得るものを公開しないことができると規定したものと考えられる。
  そして、このような規定の趣旨からすると、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報であっても、個人のプライバシーの権利が侵害されないことが明白な場合に限り、公開が許されるという運用がなされるべきであるところ、本件意見書については、個人のプライバシーの権利が侵害されないことが明白な場合ということができないから、公開が許されるという運用がなされるべきではない。
 なお、原告らが主張するとおり、本件意見書のうち、氏名及び住所の記載を削除することにより、特定の個人が識別され得なくなるから、子文書の部分公開も考えられるところであるが、以下に述べるとおり、本件意見書は、本件条例六条一項八号に該当する情報が記載されている公文書に当たり、これを全体として公開しないことが正当と認められるから、公文書の部分公開の可否については検討しない。

 (2) 本件条例六条一項八号の該当性について
 関係市町村の住民及び利害関係人は、縦覧に供された都市計画の案について、都道府県知事に意見書を提出することができ(都市計画法一七条二項)、都道府県知事は、都市計画の案を都市計画地方審議会に付議しようとするときは、右意見書の要旨を都市計画地方審議会に提出しなければならない(同法一八条二項)から、本件意見書は、住民らが本件都市計画事業に意見を反映させる一つの手段であり、本件条例六条一項八号所定の県の事務事業に関する情報が記録されている公文書ということができる。
 そして、本件意見書を公開することにより、同号に規定する支障が生ずるおそれがあるか否かについて検討するに、確かに、都市計画事業は、民意の反映を目的の一つともしているから、できる限り意見書の内容を公開して議論を深めることは、右目的に沿うものとも考えられないではない。
  しかし、本件意見書には、住民らの地域的事情に根ざした個人的性格の強い主張等が、公開されることを予定せず、したがって、他の地域の住民らに明らかにされた場合の配慮も全くない状態で、ありのままに記載されているものもあることが十分に考えられるから、これを公開した場合には、利害の相反する住民ら同士が、右主張等を巡って誤解ないし反発をしたり、あるいは争いを生じたりすることもあり得るところであり、住民らの中には、このような事態になることを恐れ、意見書の提出を差し控える者も生じ得るというべきである。
  そうすると、審議会に提出される住民らの意見書の要旨に関する情報の取得が困難となり、かえって民意の反映という都市計画事業の目的が損なわれ、又はその公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるということができる。
 したがって、本件意見書は、本件条例六条一項八号に該当する情報が記録されている公文書に当たる。

(二) 別紙文書目録(二)記載の公文書(審議会の協議事項に係る文書及び資料)
 (1) 本件条例六条一項七号の該当性の有無について
 当該文書は、主に審議会に提出された意見書の要旨に対する被告の見解である。
 審議会は、都市計画法七七条一項により、都市計画に関する事項を調査審議する目的で設置され、審議会に提出された住民らの意見書の要旨及びこれに対する被告の見解を検討するなどした上、審議会会長から被告に答申がなされるのであり、本件文書は、本件条例六条一項七号所定の県の事務事業に係る意思形成過程に関する情報が記録されている公文書ということができる。
 そして、本件文書を公開することにより、同号に規定する支障が生ずるおそれがあるか否かについて検討するに、被告は、本件文書は、意思形成過程の途上の案にすぎず、圧力団体の牽強付会な引用により、最終意思決定との齟齬をとらえて県民に誤解を与える可能性が大きいと主張する。しかし、審議会は、都市計画に関する事項の調査審議の最終段階にあり、このような段階で提出された被告の見解は、住民らの意見書の要旨に対する処置方針としてほぼ確定しているものと考えられるから、被告の最終意思決定との齟齬をとらえて県民に誤解を与える可能性が大きいとまではいえず、また、本件全証拠によっても、現在又は将来の都市計画事業に係る意思形成に著しい支障が生ずるおそれが具体的に発生することが客観的に明らかであるとはいえない。
 したがって、本件文書は、本件条例六条一項七号に該当する情報が記録されている
公文書に当たらない。

(2) 本件条例六条一項八号の該当性の有無について
 右に説示したとおり、本件文書が、本件条例六条一項八号所定の県の事務事業に関する情報が記載されている公文書であることは明らかである。
 そして、本件文書を公開することにより、同号に規定する支障が生ずるおそれがあるか否かについて検討するに、被告は、本件文書を公開した場合には、審議会委員らに心理的な圧力を与えることになると主張する。しかし、前示のとおり、都市計画事業は民意の反映を目的の一つともしているのであるから、審議会において、住民らの意見書の要旨及びこれに対する被告の見解を十分検討するなどして、都市計画事業に関する議論を深めていくことは重要であり、特段の支障が生じない限り、これらを公開して都市計画事業の是非を問うことはむしろ右目的に沿うものと考えられるところ、住民らの意見書については、前記のとおりの理由で公開が相当でないといい得るとしても、本件文書については、これを公開することにより、住民らの意見書の要旨に対する被告の見解の是非が問題となり、都市計画事業に影響を生ずることがあり得るとしても、それは都市計画決定手段の公正な運営によって解決されるべきものであり、公開を拒むべき理由とはなり得ないものである。しかも、本件全証拠によっても、現在又は将来の都市計画事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に発生することが客観的に明らかであるとはいえない。
 したがって、本件文書は、本件条例六条一項八号に配当する情報が記載されている公文書にも当たらない。

(三) 別紙目録(三)記載の公文書(協議会の協議事項に係る文書及び資料)
 (1) 本件条例六条一項七号の該当性の有無について
 当該文書は、主に協議会に提出された意見書の要旨に対する被告の見解である。 前記認定の事実によると、協議会は、審議会に先立ち、四回にわたり開催され、本件都市計画に関する調査審議がなされたのであるから、本件文書は、本件条例六条一項七号所定の県の事務事業に係る意思形成過程に関する情報が記録されている公文書ということができる。
 そして、本件文書を公開することにより、同号に規定する支障が生ずるおそれがあるか否かについて検討するに、協議会は、都市計画に関する事項の調査審議の最終段階にあるとはいえないにしても、審議会での議決に向けて協議を充実させているという段階にあり、このような段階で提示された被告の見解は、もはや未成熟又は不確定なものということはできないと考えられるから、被告の最終意思決定との齟齬をとらえて県民に誤解を与える可能性が大きいとまではいえず、また、本件全証拠によっても、現在又は将来の都市計画事業に係る意思形成に著しい支障が生ずるおそれが具体的に発生することが客観的に明らかであるとはいえない。
  協議会が開催された経緯をみても、協議会は、本件都市計画の決定に際してその調査審議に多くの時間が必要と考えられるため、数回に分割して調査審議をすることとし、事務処理上の便宜のため、被告の諮問前のものを協議会と称したものであり、協議会と審議会は、被告の諮問の有無の点で相違が認められるというにすぎず、都市計画に関する調査審議をする点では実質的には同じであるから、公文書の公開の是非について別異に解することは相当でない。
 被告は、協議会は、審議の充実と自由な討論を担保するため、議事録をとらない方針で開催されていたことに照らし、本件文書は公開になじまないと主張する。
  しかし、協議会の審議の充実を図るため、議事録をとらないという方針がとられるとしても、協議会の審議も民意の反映が要請されるところであり、協議会に関する資料を事後的に公開することは重要であり、審議の非公開と公文書の公開は、事柄の性質上必ずしも両立しえないわけではないというべきである。
 したがって、本件文書は、本件条例六条一項七号に該当する情報が記録されている公文書に当たらない。

(2) 本件条例六条一項八号の該当性の有無について
 右に説示したとおり、本件文書が、本件条例六条一項八号所定の県の事務事業に関する情報が記録されている公文書であることは明らかである。
 そして、本件文書を公開することにより、同号に規定する支障が生ずるおそれがあるか否かについて検討するに、本件文書の公開は、審議会の協議事項に関する文書の場合と同様に、特段の支障が生じない限り、これを公開することが都市計画事業の目的に沿うものと考えられるし、これを公開することにより、住民らの意見書の要旨に対する被告の見解の是非が問題となり、都市計画事業に影響を生ずることがあり得るとしても、それは都市計画決定手続の公正な運営によって解決されるべきものであり、これを理由に公開を拒むことはできないというべきである。
 しかも、本件全証拠によっても、現在又は将来の都市計画事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれが具体的に発生することが客観的に明らかであるとはいえない。
 したがって、本件文書は、本件条例六条一項八号に該当する情報が記録されている公文書にもあたらない。

(四) 別紙文書目録(四)記載の公文書(環境影響評価専門部会の協議事項に係る文書
及び資料)
(1) 本件条例六条一項七号の該当性の有無について
当該文書は、主に環境影響評価準備書及び環境影響評価書の各成案前のものである。
 前記認定の事実によると、専門部会は、審議会に先立ち、数回にわたり開催され、本件都市計画による環境影響評価手続に関する協議がなされたのであるから、本件文書は、本件条例六条一項七号所定の県の事務事業に係る意思形成過程に関する情報が記録されている公文書ということができる。
 そして、本件文書を公開することにより、同号に規定する支障が生ずるおそれがあるか否かについて検討するに、環境影響評価準備書及び環境影響評価書は、専門部会の最終的な見解を示した文書であるものの、環境影響評価準備書及び環境影響評価書の各成案に至るまでの間は、専門部会の審議、協議及び調査等がなされている段階であり、このような段階で作成された文書はいまだ未成熟かつ不確定なものというべきであるから、これを公開すると、本件都市計画事業による環境への影響の予測ないし評価が既に確定したものとの印象を県民に与えることが予想され、無用な誤解を招き、本件都市計画事業に関する議論が錯綜するなどして、現在又は将来の都市計画事業の審議等に係る意思形成に著しい支障が生じるおそれがあるということができる。
 したがって、本件文書は、本件条例六条一項七号に該当する情報が記録されている公文書に当たる。

(2) 本件条例六条一項八号の該当性の有無について
 右のとおり、本件文書は、本件条例六条一項七号に該当する情報が記録されている公文書に当たるから、同項八号の該当性の有無の点を判断するまでもなく、被告は、これを公開しないことができるものと認められる。

 三 結論
 以上のとおりであるから、本件処分のうち、別紙文書目録(一)及び(四)記載の公文書を非公開としたことは正当であるが、同目録(二)及び(三)記載の公文書を非公開としたことは違法である。
 よって、原告らの請求は、主文掲記の限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

 岐阜地方裁判所民事第一部

   裁判長裁判官     菅 英昇
       裁判官     倉沢千巌
       裁判官     中川博文


選定者目録
岐阜県加茂郡八百津町伊岐津志一四〇五番地の1    白木康憲
岐阜県養老郡上石津町大字上鍛冶屋九七番地の一    三輪唯夫
岐阜県美濃市大矢田一四三四番地           後藤兆平
岐阜県加茂郡八百津町潮見四〇七番地         宮澤杉郎
岐阜県揖斐郡谷汲村岐礼一〇四八番地の一  山本好行
岐阜県恵那郡坂下町坂下二三八四番地の一六      原 昌男
岐阜県可児郡御嵩町上恵土一二三〇番地に一  小栗 均
岐阜県山県郡高富町深瀬二〇八番地の一        寺町 緑


文 書 目 録

 東海環状自動車道(西回りルート)に関する公開条例施行から現在までの計画策定に関する資料、国、市町との協議に関する文書、要望書等(都計審及び公告縦覧資料は除く)のうち、

(一) 都市計画決定の公告縦覧に係る意見書


(二) 第一二六回岐阜県都市計画地方審議会の協議事項に係る文書、資料(審議会に提出された意見書の要旨に対する被告の見解)


(三) 岐阜県都市計画地方審議会協議会の協議事項に係る文書、資料(協議会に提出された意見書の要旨に対する被告の見解)


(四) 岐阜県都市計画地方審議会東海環状自動車道(関市〜養老町)環境影響評価専門部会の協議事項に係る文書、資料(環境影響評価準備書及び環境影響評価書の各成案前のもの)

右は正本である。

平成一一年一二月九日
    岐阜地方裁判所
      裁判所書記官  安井啓夫   




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