『む・しの音通信』No.34掲載記事
《2004.2.3 中日新聞記事より》


この人に聞く 上野千鶴子さん(社会学者)
    テーマ 当事者主権

依存と援助は当たり前〜自己決定は自分で

 能率や公立がもっとも尊ばれてきた社会の中で障害者や高齢者、女性たちは“弱者”とされてきた。でも誰にでも自分のことは自分で決める、そのために必要な援助を求める権利があるんだ、という「当事者主権」の考え方を、障害者自立運動のけん引役である中西正司さんと女性運動にかかわってきた上野千鶴子さん(55)が共著を出版し、提唱している。「名付け親」の上野さんに、その定義や思いを聞いた。        (野村由美子)
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 ■当事者主権という言葉の意味は?

 「主権」は自分が自分の主人だという考え方。私のことは私が一番よく知っている、だから私のことは私が決める。そのために援助が必要なら要求する権利があると、それぞれが自覚する。それが当事者主権。つまりニーズを満たす権利の持ち主であると自覚したときに人は当事者になる。実際、障害者も女性も性的少数者といわれる人たちも「しょうがない、自分はこうだから」とあきらめれば、当事者になれない。ここ30年の間にそうやって権利を奪われてきた人たちが権利主張をし出して、当事者というキーワードで合流する機運が生まれている。今こそ、誰もが、当事者になろうと訴えたい。

 ■人に頼り、権利を求めるのはわがままと思われてしまうことも。

 ニーズ(要求)は現状からプラスアルファを求めること。現状に耐え、我慢してきた人はニーズを持たない。皆がどんな社会になってほしいか、ニーズを持つ、それが社会をつくる力。人がニーズを持たないと社会は進化しない。人に頼らないことが自立しているという、近代的な自立の概念が根本的に間違っている。依存せず、かかわらず、一人で生きることがなんで自立なのか。介護保険のいう自立も他からの援助を一つでも使わなくなること。貧しい概念だ。実際の社会は相互依存が前提。そもそも誕生から死までを考えれば、依存せずには成人になれず、依存なくては死ぬことができない。
 依存することが当たり前だという前提で、どんなに人に依存したからといって自分の自己決定権を他人に奪われることはない。当事者主権の大事なのはそこ。これまで依存と自己決定を奪われることはイコールだった。それを覆そうと強烈に頑張ってきた障害者自立運動のおかげて自立の概念を180度転換できた。

 ■それは広がったか?

 それまで家族の中で女性が黙って、依存と援助をただ働きで担ってきた。だから社会には依存が見えなかった。超高齢化社会のおかげで、どんなに“自立”を誇っている人でも、みんながいつかは障害者になる可能性があると気付かせた。障害者の人たちは先んじてその経験をしてくれている人たちだ。介護保険が、他人に依存するのは当然で第三者からの援助を受ける権利があるという社会的合意をつくったのは良かった。

  ■それで“コロリ”と逝きたいという人は多い。

 そう願う人が善意であることは疑わないが、元気な人しか生きている値打ちがないのか。彼らは今元気だから言うのだろうけれど、望む通りになるとは限らない。コロリと逝けず寝たきりになったとき、一番つらいのは本人。自己否定感に苦しめられる。いくら周囲が長生きしてねと言っても「申し訳ないこんな体で」と言わなくちゃいけなくなる。それって悲しい。

 ■ほかに当事者からの発言は?

 一つは患者学。すべての患者にとって病気は初体験で、医者は圧倒的な知の権威。あなたのことはあなた以上に私がよく知っているかに私が決めてあげる、が医者のパターナリズムだった。患者学は、できるだけ情報を共有しながら、健康と生命について自己決定することを目指す。専門家の助言は必要だし、手術も自分じゃできない。第三者への依存は当然。でも自分のことは自分で決める。今、インターネットの患者専用のサイトはすごい。 不登校も。君たちはなぜ学校に行かないのか、という点を大人がいろんな形で解釈してきた、本人にはそれは借り着みたいなもの。彼らが成長して、どの借り着もフィットしない、解釈を押しつけられたおかげで苦しんだと発言する人たちが出てきた。

 ■新たに当事者運動になっていくのは?

 高齢者はまだユーザーユニオンとして成熟していない。高齢者同士が連携を取って、圧力団体をつくり、政治家にニーズを要求していけたら、すごい政治勢力になれる。
 「子が親を看る」の当たり前が崩れた。次は育児。親が百パーセント子どもを育てるのが当たり前、の考えも崩れてほしい。育児保険があって、新生児に育児サービス利用権があれば、親の気持ちが相当楽になる。子育てに他人の手が入るのが当たり前、それが権利だと変わってほしい。両親ユニオンができてニーズを主張すればよい。実際、悲鳴も要求も上げず黙って抗議の意思を示したのが少子化だと思う。

 ■当事者主権の考え方で今のイラク問題を考えると?

 イラク派兵で私たちは戦争当事者になった。自衛官も、その家族も、税金を払っている私たちも当事者。彼らは命令で赴いたんだから、指揮命令権者の小泉政権は最大の当事者。もし自衛官に一人でも死者が出たら、その死の責任のある当事者は今の政権を支持している国民全員です。
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社会学者 上野千鶴子さん
うえの・ちづこ=東京大学大学院人文社会系研究科教授。(女性学・ジェンダー研究)
1948年、富山県生まれ。京都大大学院社会学博士課程修了。京都精華大助教授、ボン大学客員教授、国際日本文化センター客員教授などを経て現職。1994年『近代家族の成立と終えん(しゅうえん)』で、サントリー学芸賞受賞。著書に『ナショナリズムとジェンダー』『発情装置』『家族を容(い)れるハコ 家族を超えるハコ』など。

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『当事者主権』
 中西正司・上野千鶴子著
 岩波新書:700円+税