政変で挫折した「福祉の町」
        上野千鶴子


 「長野の変」は全国的に有名だが、住民参加の福祉の町作りで有名だった秋田県鷹巣町で、「鷹巣の変」が起きて約1年。3期12年の在任中に、複合施設「ケアタウンたかのす」を中心に福祉公社を設立、全国有数の福祉水準を実現してきた岩川徹町長が、批判勢力の候補に敗れ、人口2万2千人の自治体で、3千票余の大差をつけて落選。ドスティックな政権交代が起きた。「福祉の町」を選択したはずの住民が、その結果に「ノー」を言い、市町村合併による特例債と「身の丈福祉」を選んだと、全国に「鷹巣ショック」をもたらしたニュースもまだ耳に新しい。
 それから1年のあいだに、新町長岸部氏のもとで、ケアタウンたかのすの業務改善調査がスタート。4人の委員が委嘱されたが、そのうち3名は新町長派。唯一、中立的な立場の専門委員だった東洋大学教授、大友信勝さんの調査レポートが「月間総合ケア」(医歯薬出版株式会社刊)に6回にわたって連載されたが、最近ようやく完結した。現在の生々しい実態を、客観的なデータにもとづいて説得的に伝える大友レポートを、わたしは毎回、息づまる思いで読んだ。
        
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 この6月5日、元朝日新聞論説委員の大熊由紀子さんが主催するえにしの会の特別番外編で、「福祉の町、鷹巣でなにか起きたか」というシンポジウムが、その大友さんを基調講演者に迎えて開催された。ひょんなことでわたしもバルリストにひっぱりだされ、シンポはおもしろい展開になった。
 実はその1週間前に、わたしは福祉に関心のある何人かの研究者とともに、大友さんを招いて勉強会をしていた。約4時間にわたってじっくり、大友さんから裏話を含めてヒアリングをしたのだが、そのなかで忘れられない発言があった。それというのも、このところわたしは福祉NPOに深い関心を持っており、地域福祉を託す担い手は、効率の悪い官(行政)でもなく、信用できない民(営利企業)でもなく、市民が非営利で事業を担う協(市民社会)のセクターに期待するのがベストで、そのためにはNPOのような団体を意図して育てなければならないと考えてきたからだ。「鷹巣に協にあたる担い手はいるか」と水を向けると、大友さんはわたしの質問の意図を即座に理解して、次のように答えた。
 「鷹巣は住民をワーキンググループに組織することで、官が協を育てている最中でした。それが道半ばにして、政変で挫折したのです」。
 それを聞いていたから、わたしは鷹巣にいささか辛口の苦言を呈した。鷹巣には官依存体質があり、協が育っていないようだ。善政でも、官は官。官依存体質から抜け出さないかぎり、政権交代が起きればがらがらとすべてが崩れてしまう。福祉公社の分割とNPOの委託案が「合理化」路線のもとに浮上するなら、それをチャンスと思えるような受け皿をつくるべきではないか。
      
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 その場に下伊那郡泰阜村村長の松島貞治さんが出席していたのも、おもしろい符号だった。
 松島さんは、「泰阜村の福祉は、村民ではなく行政が守っています」と明言した。
 だが、いったん起きた変化はあとに戻らない。育ちかけた協はいずれ花を咲かせるだろう。次にどんな「変」を見せてくれるか、鷹巣からは目が離せない。
(うえの・ちづこ 東大大学院人文社会系研究科教授)
(信濃毎日新聞より転載 2004.6.28付け)