元気な韓国フェミニズム
   上野千鶴子


 ソウルで6月19日から24日にわたって開催された、第9回国際学際女性会議(略称世界女性会議)へ参加した。ソウルは真夏だったが、会議もそれに劣らぬ熱気で、興奮さめやらぬままに会議レポートをお届けしたい。
 この会議は、1981年にイスラエルのハイファで開かれて以来、ダブリンやニューヨーク等3年に1回の頻度で開催され、今年で9回を迎える(次回2008年はマドリッド)。世界中から3千人を越すフェミニストが集まり、日本からも2百人を数える参加者があった。4日間にわたって朝8時半から夕方6時半まで、毎日のように開かれる全体集会に加えて4つの時間枠に数十のセッションが同時進行し、そのうえ夜は、連夜のレセプションやパーティ。どのセッションに行こうか迷うほどの盛況だった。
 この会議には、韓国政府と女性省、およびソウル市が全面的に財政支援をし、多数の企業の協賛を得た。韓国コカコーラの協賛で、会場で冷たい飲み物が飲み放題というサービスがあったのは、広い会場を汗をかいて歩き回る参加者に好評だった。
 日本からの参加者のため息を誘ったのは、この規模の国際女性会議が、いまの日本で開けるだろうか、という問い。不況で自治体も企業もおカネがない、というだけではない。ネオ・リベの小泉政権と、オヤジまるだしの石原都政が、女性に財政支援をしてくれるとは思えない。韓国では大統領は直接選挙。いわば住民投票である。自治体の首長の選挙も同じ。韓国大統領もソウル市長も、女性票の支持がなければ選挙に勝てないことを知りぬいているのだろう。
 それより、いまの日本をおおっているのは、ジェンダーフリー・バッシングなどのフェミニズムへのバックラッシュである。一部の国会議員のなかには、ジェンダーという用語を使うな、とか、大学でジェンダー関連の講義をするなという、無知蒙昧なトンデモ発言すら見られる。すでに国際標準となった「ジェンダー」を使用禁止にすれば、日本は世界の情報過疎地帯になるだけではない。言葉狩りと「学問の自由」への重大な侵害となる。韓国とのこの落差はいったい何だろうか。
 今回の会議で印象に残ったのは、韓国の若い女性が積極的にボランティアなどで参加していたこと。「ヤング・フェミニスト」というフォーラムを設けて、外国からの若い参加者と交流を図っていた。ここでは若者が「フェミニスト」とためらいもなく名のり、先輩のジェンダー研究者と場を共有している。頬を染めて、国際的に大物の研究者とやりとりする彼女たちの経験は、きっとその後に強い影響を残すだろう。日本からもヤング・フェミニストの団体が参加していたのは心強かった。わたしは自分の学外の活動になるべく学生を巻きこまないようにしてきたが、このときほどその方針を後悔したことはない。沖縄旅行をする費用で行ける隣国だもの、呼びかけて連れてくればよかった。
 日本で「フェミニズム」という言葉が否定的なイメージで使われ、若い女性がそう呼ばれたくない、と感じるようになったのは、いつ頃からだっただろうか。まったく日本は国際標準からはずれている。出会ったときに自分にとって力になる、そしてひとりだけで考えてきたわけじゃない、先輩の女たちから手渡される智恵が、フェミニ
ズムというものだったはずなのに。韓国をうらやましがってばかりはいられない。

うえの・ちづこ 東大大学院人文社会系研究科教授)
(2005.7.4付 信濃毎日新聞より転載)