『む・しの音通信』No.64(2007.11.25発行)
「市民に対する責任を〜自治体議員の不正をただす
<選挙公営不正請求問題>
「くらし・しぜん・いのち岐阜県民ネットワーク』代表
岐阜県山県市議 寺町ともまさ
1 公職の候補による詐欺事件 <水増しの発覚>
自治体の長や議員の選挙は4年に一度。候補者が有権者に各種アピールし主張し公約して、票を投じていただいて当選者を決めるのが選挙。この有権者へのアピールの象徴が選挙ポスターである。
なんとこのポスター作成費に関して、公金詐欺が行われていた。有権者が呆れ、憤るのは当然だ。
2004年の岐阜県山県市の市議選、27人が立候補し定数22人の議員が決まった。ところが、今年2007年6月から7月、岐阜県警の取調べを経て、当選した22人の中の7人がポスター代詐欺を認めて記者会見し、謝罪した。そのうち4人は議長、議会運営委員長、2常任委員長で、同時に役職を辞任した。問題の根深さが分かろう。
市長は、外部の弁護士3人に依頼し調査委員会を設置、当時の選挙公営制度全項目について利用者全員からの聴き取りを行っている。市長は不当支出額があれば返還請求すると議会答弁している。
おりしも、政権が問われる参議院選挙の公示の7月12日、県警は関係者12人を書類送検した。刑事事件の話が全国に広まりつつある今、各地の選挙で、高額請求した候補者らで「あぶら汗」を滲ませている人は少なくないであろう。
2 選挙公営とは <目的・仕組みなど>
候補者の選挙費用の一部が申請に基づいて公金で支払われることを知る有権者はほとんどいない。
(1) 選挙公営の目的と対象
選挙公営は、公明正大な選挙を確保し、選挙運動の平等を目指し候補者の金銭負担を減らすため、国や地方公共団体が費用負担する制度。その対象は、新聞広告、ポスター掲示板の設置、 選挙広報の発行、政見放送など大きく分けて16種類ある。
ポスターの制作費、選挙用自動車の賃借料、同燃料代、同運転手日当などは候補者側からの請求に基づき、上限額の範囲内で支給するもので、国政選挙は義務づけられ、地方選挙は条例を定めることにより行うことができる(任意の公営制度)。
(2) ポスター公営の手続きや仕組み
候補者は、業者とのポスター作成契約書を添付して届出し、選挙管理委員会は書類上で審査して「ポスター作成枚数確認書」を発行、代金の請求は業者が自治体の長に対し「請求書及び請求内訳書」を提出するとともに、候補者は「ポスター作成証明書」を長に提出し、後日、長から業者側に送金される。ほとんどの自治体が候補者説明会等において届出用紙を候補者に提供している。
(3) 実施状況
ポスター代等の公営は、公職選挙法に基づき1975年の国政選挙から始まり、1992年の改正で地方選挙でも条例を定めれば適用できるようになった。ただし、県と市のみに認められ、町村には公選法が認めていないという不可解な制度だ。
自治体では、都道府県のすべてと市の大部分が導入し、ほとんどが公職選挙法施行令に定められた基準単価をそのまま適用している。
3 選挙公営の実態 <ポスター代の不正請求>
(1) 岐阜県内では
岐阜県議会において、例えば県政自民クラブは、山県市に関しての警察の捜査報道をみて、6月の総会で「経費を確認し、間違いがあれば訂正するよう」に要請した。その後、「請求に間違いがあった」などとして請求を修正・返還を申し出て、県選管が受け入れるという顛末の県議も出ている。
なお、私たちは、6月18日、今年4月実施の県議選のポスター代について、高額請求した候補者らに返還を求める住民監査請求を行っている。
(2) 東海・中部地域では
住民監査請求がなされる自治体や、選管に調査を求める申し入れがされる自治体も出ている。愛知県議会や名古屋市議会でも自主的に返還する議員が出てきた。
報道各社が追いかけて、新しい事実が明らかになりつつある。
集計表は、中部6県の今年4月の市議選の候補者のポスター代請求状況のデータである(本年7月4日付け中日新聞)。上限の9割請求が46%、半額未満は17%とされている。
(3) 事実関係と書類送検の容疑
岐阜県警は現職の山県市議6人、今年3月に市議会ら県議に転進した現職県議1人、会計責任者1人、印刷業者4人を書類送検。7陣営12人だ。
報道されている事実関係は、議員(候補者)7人は、印刷業者と共謀、選挙公営で認められていない名刺やハガキ、パンフレットなどの製作費をポスター代と偽って市に水増し請求し、市から数万から10数万円をだまし取った疑い。 うち2人の市議は、名刺やハガキの製作費のほかに、10万円前後を上乗せして請求し、業者から現金を還流させていた。
(4) 制度を利用した議員の真情の吐露
他県のある人から、「知り合いの議員らから聞いた」として送られてきた次のメモは端的である。
○後ろめたいが皆がやっていること
○(自分の)事務局任せで知らなかった
○差額は着服せず、他の選挙費用に充当
○条例で決まっていること、違反はない
○制度が悪いので候補者は悪くない
○当選後、活動報告等の広報活動経費に充当
○県会議員や国会議員はもっとすごい
○市長選挙や知事選挙でもあたりまえ
4 選挙公営廃止 <平等を阻害するか否か>
(1) 私たちの取り組み
私たちは、昨年来、東海地区の議員の有志で公営制度見直し問題に取り組んだ。議員提案によって基準などの見直しを試みた議会もある。
ここ山県市議会では昨年12月議会に一般質問。今年1月には、統一地方選を前に条例廃止の直接請求の運動を開始した。それに驚いた多数の議員たちは、署名簿の審査中の3月定例会初日の本会議において、当該条例廃止の議員提案をし、条例廃止を即決した。
ともかく、選挙公営条例の廃止は「全国に例がない」ので大きく報道された。もっとも、識者らから批判もあった。「平等な選挙を阻害する」「資金力のある候補者が選挙で有利になる」などだ。
(2) 制度の廃止は平等な選挙を阻害しない
廃止否定論について、私は「選挙の実際」を知らない人の論であると思う。否定論は、例えばマイクでしゃべる人の日当も、事務所費も電話代も・・候補者の選挙費用は公費で負担しないと公平が達成されないと主張しているに等しい。
果たして、それで公平が達成されるのか。
現に、公営制度を公選法で認められていない町村の長や議員の選挙で、それ故に平等な選挙が阻害されているという話を聞いた人がいるだろうか。
実は、平等な選挙を阻害する要因とは「真実の選挙費用」ではなく、地縁や血縁、組織、チカラ関係などである。つまり、「選挙」を進める候補者側、政治家とかかわる有権者側の事情なのである。
(3)平等・均等の実現はお金をかけない選挙から
適法かつ適正な政治活動、選挙運動をするなら「選挙」に必要な総費用はそれほど多くはない。しかも、ポスター代などの公費負担分は、選挙の諸経費のほんの一部であるから、立候補の決意を決定的に左右する要因ではない。
「法定選挙費用」の概念のとおり、公職選挙法は、選挙は候補者本人が各自の手法で行い、その際の支出に上限を設けて、お金をかけない選挙を実現させようとしている。そもそも候補者がする選挙運動の基本は「ボランティア」である。
選挙の費用の一部を税金で負担することは、各候補の費用を減らす努力を怠らせる要因である。
5. 他自治体への提言 <制度の見直しを>
(1) 行政対応次第で請求額が変わる
私たちは、今年3月、2003年4月実施の岐阜県議選における高額請求した候補者分の返還を求める住民監査請求を行っておいた。その直後の県議選では全体に請求額が減少した。また、その住民監査請求を知って、候補者説明会で選挙管理委員会が適正請求を厳しく求めたある市では大幅に低額な請求に転じ、何もしなかった複数の隣市は従前どおり満額請求が続出したことなど、行政対応次第で請求額の傾向が著しく異なることが明らかとなっている。
(2) 制度の具体的な見直し
制度の見直しには、上限額の引き下げや、定額制の検討が不可欠である。議員の多くが満額請求し、市長自らも市長選で満額請求していた岐阜県羽島市長は、「適正な競争が行われた場合の金額を検討し上限額としたい」「一定の割合だけを支払う補助金制度も検討する」とした。
現在、ほとんどの自治体は、契約書などの提出の際に詳しい内訳書など添付を求めていないが、添付は最低限の必要事項である。愛知県田原市の場合、企画費や印刷費などの内訳書(明細書)の添付を義務付けており、上限の9割以上の請求者はいない。同豊橋市も同様の傾向にある。
燃料代は、選挙カーの車種、排気量、燃料種類などを記入させ、報告書には車の選挙期間中の最初と最後の走行距離のメーターの表示キロ数と写真を添付さることも有効であろう。
加えて、これらを条例本文に明記して法的拘束力を明確にすることも重要なことだ。
(3) 見極めが必要な時代
山県市のように財政の逼迫した自治体が公費負担を廃止することは自然な成行きである。
他方で、財政にゆとりのある自治体が制度を存続するのも選択である。ただし、真実の請求・支払を達成する制度と運用にすべきことは当然だ。
ところで、「選挙公報の作成・頒布」の意義は高く評価され、平等な選挙の実現に資する。ポスター等と同様に条例で規定すれば可能であるにもかかわらず、選挙公報を発行しない自治体の選択や如何に。
6 長や議員の原点 <市民に対する責任を>
いまや、「知恵と工夫」が不可欠な時代だ。
ポスター等に過剰に費用を要し、自ら税金を贅沢に浪費する政治家には、公務員や役所に「コスト」「効率性」などを求めることはできない。行政の見直しに「聖域」は無い。この情報公開の時代、いずれは何もかも、事実が明らかになる。
選挙に始まって政治家の活動の中身まで、誰にも自信をもって答えられる姿勢が不可欠である。
ちなみに私たちは、今後、「選挙公営ポスター水増し詐欺撲滅運動」を展開しようと考えている。
以上
『地方自治職員研修 9月号』(公職研)より転載