第4回期日03年11月5日(水)10時〜
平成15年(行ウ)第10号住基ネット削除申請却下処分取消請求事件
原告 寺 町 知 正
被告 岐阜県知事梶原拓
準備書面(3)
2003年11月4日
岐阜地方裁判所 民事2部 御中
原告 寺 町 知 正
TEL・FAX 0581−22−4989
第1 処分性についての原則と本件の場合
1, 公権力の行使に当たる行為
(1) 行為の意義
最高裁第1小法廷昭和39年10月29日判決(民集18巻8号1809頁)は、公権力の行使に当たる行為の意義について、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められていることをいう」と、実務上、この考えに立って個々の行政庁の行為の処分性の有無が判断される。
(2) 行為の特質
公権力の行使に当たる行為とは、「法が認めた優越的な地位に基づき、行政庁が法の執行としてする権力的な意思活動である」とされている。
その特質は、
@その行為について、これをする行政庁が、その相手方の意思のいかんにかかわらず一方的にこれをするという自己の意思を決定することができ、その結果について相手方に受忍を強制することができる、
Aその行為を行政庁の行為として行った場合には、その行為の結果に優越的な通用力があり、権限ある行政庁又は裁判所によって取り消されない限り、私人がその効果を否定できない効力(公定力)がある、
とされている。
伝統的な行政法理論は、行政処分には、何ら法の規定がなくとも当然公定力がある、としてきた。行訴法によって取消訴訟が設けられ、かつ、これに出訴期間の制限があるということは、これを徒過すれば、その行政処分の通用力を争えないこととする建前が採用されているという結果になる。そのすると、結局、行政処分に公定力がある。(後記に示す文献14頁)
解釈するについての留意点は以下である。
@ある行為を公権力の行使であるとするかどうかは、行為の性質決定の問題であるから、争う者、争う理由、争う場面により、処分性があったりなかったりということはない。(文献14頁)
(3) 公権力の行使であるとするための二つの要素
行政庁の行為が抗告訴訟の対象となる公権力の行使であるとするための二つの要素は、行為の公権力性と法律上の地位に対する影響である。
どのような行為が公定力の生ずる行為であるかは、その行為を根拠付ける法律の採用する立法政策によって決まる。
その解釈にあたり、注目すべき点は、以下である。
@その結果を私人に対して受忍させる一般的拘束を課しているか
A法律がこのような意思の発動を適法とするための要件をさだめ、行政庁がこ の要件の充足の有無を判断して行動すべきことを要求しているか
Bその行為が、要件や効果からして、公定力を付与するのが相当であるか
Cその行為について行服法の不服申立てや取消訴訟を予定する規定があるか
(文献15頁)
(4) 行政庁の行為が、法律に根拠のあるものであること
行為の公権力性は、法律の根拠があって初めて備わる。例として、国の補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律に基づく交付決定がある。交付決定される以前においては、相手方は実体法上の補助金交付請求権を有するものではない。補助金の交付申請したものは、その申請に対する応答がない場合には、不作為の違法確認の訴えを提起するほかにみちはない。条例に基づかず、要綱に基づく申請の拒否を認めた裁判例もある。しかし、条例等の法令に根拠を持たない補助金の支給は、性質上公権力の行使という色彩に乏しい。(文献19頁(3))
(5) 特定の者に手続き的な権利を創設し、処分性を認めるもの
行政法規が、ある目的から、実体法上は権利性の認められないものについて手続的権利を作出し、行政庁がこれに応じ又は拒否する行為をその作出された権利に影響を与える行政処分として構成する立法政策を採用している場合がある。法律上の地位に対する影響の要件における反映である。(文献32頁(8))
(6) 効果の面を重視して公権力性を認める場合
仮に、処分性が明確でない場合でも、根拠法規の規定に即しないで、その効果の面を重視して公権力性を認められる場合もある。
法令の規定の仕方によれば、その行為が法律上の効果を発生させるものとされているか疑問がある場合や、その行為によって発生するものとされる法律上の効果が、処分性を基礎づける程度にまで至らないものとされている場合において、実際には、その行為によって法律上の地位に対する影響があるといえる程度の効果が考えざるを得ない場合、さらに、その行政庁の行為には、直接の根拠法規がなく、したがって、その行為によって、ある者の重要な権利利益が侵害され、その行為を取り上げなければ、その権利利益を守る争訟手段がない、という場合がある。
最高裁大法廷昭和59年12月12日判決(民集38巻12号1308頁)は、「この通知は、実質において、申告者に対し申告に係る資物を適法に輸入することを拒否する効果を有するものである」として、これを行政処分であるとした。(文献22頁)
(7) 行政権の行使に制約を課しているかの判断の留意点
処分の根拠となる行政法規が、個々人具体的権利を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していると解することができるか否かに当たっては、以下が留意点である。
@第三者の保護につながる手続規定の有無
処分が特定の第三者の同意を要件としたり、処分するに当たって特定の第三者に意見聴取、異議申出の機会が保障されるなど、処分の根拠となる行政法規に特定の個人の利益保護を図り得るような手続きを定めた規定がある場合は、当該根拠法規は、特定の個人の法益を個別具体的に保護する趣旨を含む場合が多い。
A規制内容、基準の具体性
規制内容や基準が一般的・抽象的であり、特定の個人との関係を顧慮したとみられないときは、公益の保護を目的と解されることになる。
B規制によって保護される利益の性質
当該規定の定める規制が個人の生命、身体の安全や健康といった重大で公益に解消し難い性質の法益保護にもつながるものは、行政法規の趣旨・目的とあいまって、当該規定は、生命、身体の安全等といった法益の性質やその重大性に鑑み、これを個別具体的に保護する趣旨をも含むものと解される傾向にある。
C法の立法趣旨・目的
当該行政法規全体の目的が公共の福祉の増進等一般的公益の実現に尽きるものか、それとも、個人の生命、身体、財産の保護といった個人の法益保護をもその目的とするかどうかも、処分の根拠法規を解釈する上での重要な指針となる。(文献89〜90頁)
(8) 行政処分の取消訴訟
行政処分の取消訴訟における訴えの利益の有無は、処分がその公定力によって有効なものとして存在しているために生じている『法的効果』を除去することによって、回復すべき権利又は法律上の利益が存在しているか否かという観点で検討すべきである。(文献111頁2の冒頭4行)
手続的要件の不充足を理由とする申請拒否処分の訴訟物は、手続的要件の充足、不充足に限定されるから、この処分の取消訴訟において、処分理由の差替えにより実体的要件の不充足を追加主張することは、訴訟物の範囲(行政庁が第一次判断権を行使した範囲)を越えるから許されない。したがって、このような処分の取消訴訟においては、手続的要件の充足が肯定される限り、処分の実体的要件の不充足が明であっても取消判決をすることになる。(文献197頁(3))
(9) 本件に関して
ア, 住基ネットの付番行為は、住民基本台帳法においては不服申立ての対象とされる公権力の行使に行政行為である。
市町村長の付番に関して、審査請求がなされる、被告は裁決という処分をしている。
イ, 本件条例の主旨、目的
本件条例第1条(目的)「この条例は、個人情報の適正な取扱いの確保に関する基本的な事項を定めるとともに、県の実施機関が保有する個人情報の開示及び訂正を求める個人の権利を明らかにすることにより、個人の権利利益を保護することを目的とする。」としているとおり、本件条例の根幹は、開示、訂正、不服申立てをもって「個人の権利利益を保護する」ことである。
このように、本件条例は、県民の個人に関する情報を保護するために制定されたもので、条例の解釈を、専ら行政機関の側の利便等を基準・根拠に、その主観的判断に基づいて決するとすれば、個人情報保護制度の実質的意味が失われることにもなりかねない。県の個人情報保護制度の根幹である本件条例の解釈運用の在り方は極めて重要なことである。
判断に当たっての上記留意点に合致することは明白である。
ウ, 本件条例において、「本人の同意」との規定があることも見落としてはならない。
エ, 他の地方公共団体の個人情報保護条例において、多少の規定の違いはあるものの、原告準備書面(1)で述べた幾つかの例でも分かるように、本件争点に関しては、ほぼ、同様の規定である。しかし、住民の請求に対して、他の法令に規定あることをもって却下する(本件被告にいわせれば拒否通知)とはしていないから、住民の権利が満たされるている。しかし、本件原告ら(本件原告の外に同日に多数の県民が同様の請求を行っている)は、権利が満たされていないのである。
単に、このことをもってしても、被告のなしたことは処分であり、かつ公定力を発揮しているのである。
2, 不作為の違法確認
(1) 応答、不応答
法令に基づく申請に対する不応答の存在は、不作為の違法確認訴訟の対象適格の問題と位置付けられる。
申請が法令に基づくものであるかどうかと、当該申請が適法なものであるかどうかは区別する必要がある。
当該申請が法令の手続に従っていないなど適法なものでなくとも、それが法令に基づく申請権者によってなされている場合には、行政庁は応答義務を負うのであって、適法な申請でないとして却下もせずに放置することは許されない。したがって、この場合の行政庁の不応答行為は不作為の違法確認訴訟の対象となるから、当該不応答行為の適否について実体審理すべきである。これに対して、法令上の申請権を有しない者がした申請は、法令に基づく申請とはいえないから、行政庁は応答義務を負わない。(文献132頁1の7行から)
また、一定期間を経過したときには、申請が認容または却下もしくは棄却されたものとみなす旨の規定がある場合には、一定期間経過後は不作為の違法確認の訴えの利益は消滅する。
(2) 不作為の違法確認の訴訟による救済は中間的である。法令に基づく申請があったか否か、これに対して相当期間を経過してもなお行政庁の不作為状態が継続しているか否かの二点についてのみ審理すれば足りる。(文献133頁の3)
(3) 本件に関して
本件に関して被告の通知が「応答」であるなら、本件応答は「却下」の決定であって、請求の趣旨1は処分である。「不応答」と評価するなら、請求の趣旨1は処分ではないが、不応答は不作為として違法であって、取消される必要がある。 なお、本件条例には、一定期間を経過したときには、申請が認容または却下もしくは棄却されたものとみなす旨の規定はない。
結局、原告に請求権があるかないかの判断なる。
3, 訴訟物と違法事由との関係
(1) 第1類型の処分
行政庁は、処分の際に、根拠法規上のすべての要件を審査し、これが充足されいてるものと判断しなければ処分をすることができない。
よって、原告請求を棄却するためには、全ての違法事由の不存在が認められなければならず、請求を認容するためには違法事由のいずれか一つがみとめられればよい。
原告は、取消しの対処打てる行政処分を特定し、それが違法である旨を訴状に記載すれば、訴訟物の特定は十分であり、訴訟物の特定のために具体的な違法事由を記載する必要はない。
(2) 第2類型の処分
行政庁は、すべての要件を審査し、これが充足されいてるものと判断して処分しているわけではない。
さらに、第2類型のうちでも、申請拒否処分は、手続き要件の不充足を処分理由とする処分と、実体的要件の不充足を理由とする処分があり得る。
(文献139頁〜149頁)
4, 前記1の(2)ないし(8)、2、3の主張は、「行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究」(発行「法曹界」、編集「司法研修所」、平成7年7月20日第1版第1刷、「平成3年度司法研究員・東京地裁判事中込秀樹・金沢地裁判事中村陽典・最高裁調査官綿引万里子・東京地裁判事深山卓也)の関係部分の論旨を抜粋して引用したものである。
第2 被告答弁書第2の1への反論
1, 被告は、2002年11月8日付処分(請求の趣旨別紙−1)(第1行為)は、「公権力の行使ではない事実行為としての通知である」と主張する。
2, 処分について、行政不服審査法(行服法という)第2条1項は、公権力の行使に当たる事実上の行為、とする。
確かに、第1行為に、他の法令があることを請求人に通知する意義を有することに疑いはない。同時に、被告が本件条例を適用して判断しないことの意思決定の表示かつ当該意思決定の定当事者への通知である側面も有しているのである。 被告が「原告請求に対して本件条例を適用して判断しない」という意思決定をしたという決定の通知であるから公権力の行使の通知であることの側面を有する以上、処分である。
このことは、「通知書」(請求の趣旨別紙−1)からも明である。名義が市町村課長になっているのは、本来「岐阜県知事」と明示すべきであるところを、被告が錯誤して「担当課長名」にしただけである。その被告の意図に何ら変わりない。
以上、前記第1の諸点に照らしても、公権力の行使としての処分というべきである。
3, 被告が行った「事実行為としての通知」は、被告の義務ではないが単なる任意の行政サービスであるというなら、原告の請求に対する応答をしていないのだから請求の主旨3である不作為の違法確認としての裁判所の判断を求める主張である、ということになる。
4, 被告が行った「事実行為としての通知」は、処分ではないが被告の義務であるので通知したというなら、なぜ「通知」しなければならなかったのか、その根拠を明にされたい。
第3 被告答弁書第2の2への反論
1, 被告は、2003年3月5日付処分(請求の趣旨別紙−2)(第2行為)は、「不服申立てに対する公権力の行使ではない事実行為としての拒否回答である」と主張する。
その要点は、訂正等の請求権が原告になく、第1行為は公権力の行使ではないので、原告には不服申立権がない、というものである。
2, 原告の主張はいうまでもなく、訂正等の請求権、それに係る不服申立権を有する、というものである。
(1) 行政不服審査法(以下、行服法というは)内容の適否の判断の前に、受理し、形式審査をして、その後に内容審査をする手続きを規定している。
本件異議申立は、行服法第9条(不服申立ての方式)、同第45条(異議申立期間)、同第48条で準用する同第15条1項及び4項(審査請求書の記載事項)の要件を満たしている。
形式審査の段階で、補正可能な不備については、「不適法であって補正することができるものであるときは、審査庁は、相当の期間を定めて、その補正を命じなければならない」(同第48条で準用する同第21条(補正))としている。 補正を命じることができる、との規定でなく、命じなければならないとし、さらに、「その他不適法であるときは、審査庁は、決定で、当該異議申立を却下する」(同第47条第1項)としていることからして、「不適法として申請の受理を拒否すること」は禁止されもしくは想定されていないのは明かである。
(2) 取り下げに関して「取り下げは文書でしなければならない」(同第48条で準用する同第39条)としつつ、「修正できないほどの著しい不備については受理しない」との定めはない。そもそも、受理しない場合の手続きについて定めがない。
現に、被告は、本件不服申立の請求に関して、修正できないほどの著しい不備があるから受理しない、としていないし、補正も命じていない。
(3) よって、本件不服申立の請求は成立し、これに対する被告の本件行為が行政処分としての「決定」(同第47条第1項)に当たるのは明白である。
3, 行服法第48条で準用する同第41条第1項(裁決の方式)「裁決は、書面で行い、かつ、理由を附し、審査庁がこれに記名押印しなければならない」としているところ、被告は単なる拒否回答であるというが、請求の趣旨別紙−2を見れば、所定の裁決の方式に適合しているのは明である。
4, 以上、前記第1の諸点に照らしても、公権力の行使としての処分というべきである。
5, 仮に、処分ではないとするなら、上記(1)にまとめた行訴法の諸規定に照らして、請求の趣旨3の不作為の違法に当たることになる。
第4 被告答弁書第2の3への反論
1, 被告は、2002年10月16日付でした住民基本台帳ネットワークに関する個人情報の削除請求に関して、「原告には請求権がない」「自己の個人情報について誤りがあことを述べて訂正等の請求をしたものではない」から、被告に応じないことの不作為状態が生じる余地がない、と主張する。
2,(1) 前記第3で延べたとおり、本件不作為に係る不服申立の請求は成立し、これに対する被告の本件行為が行政処分としての「決定」(同第50条第1項)に当たるのは明白である。
(2) しかるに、被告は単なる拒否回答であって、処分ではない、という。 そうである以上、原告は、被告の単なる拒否の通知だとの主張に対応する請求として、不作為の違法確認を求めることにならざるを得ない。
不作為の違法確認が認容されるべきことは、前記第1で述べた諸点に照らしても、明らかである。
3, なお、2002年10月16日付請求にかかる不作為の違法確認の請求(請求の趣旨−3)には、それ以後に原告が行った手続き、即ち2003年1月8日付異議申立に対する被告の不作為の対応が含まれていることは言うまでもない(訴状第8)。
4, 被告主張は、原告の訂正請求(甲第2号証)が「誤りがあことを述べて訂正等の請求をしたか否か」の判断を求めている。
被告主張は、条例第20条1項の「誤り」の文言を狭義に解釈して、原告は「住基ネットの番号等に誤りがあることを述べて請求していない」旨主張しているものと理解される。
例えば、広辞苑によれば「あやまり【誤り・謬り】」とは、「まちがい。しそこない。正しくない行為。真でないことを真と見なすこと。虚偽。誤謬」とされている。
「誤り」とは、「正しくない行為」など広義の解釈をしなければならない。
原告が原告の意に反して付番されていること等の訂正請求の別紙で補充したこと(甲第2号証)を見れば明らかである。
第5 被告答弁書第4への反論
処分性や不作為等に関しての被告答弁書第2への反論と共通する部分は準用する。
原告に請求権があること、その他、訴状ほか当審で述べたとおりである。
以 上