岐阜県の松枯空散の状況

                「農薬空中散布をやめてほしい人の集まり」
                    寺町知正    (「どじょう通信」の原稿)

 86年5月私たちが、松枯空散に反対して以後、岐阜県では空散中止が続いている。87年は、高富町、岐阜市ほか、今年は各務原市、関市など、水田空散も高富町は今年から中止、などなど、その経過から。
 86年4月28日、高富町役場より松枯れ空中散布の知らせがある。担当課職員が、チラシと地図を持参、当方が有機農業をしているため、「裏山に撒きますが、お宅には迷惑の掛からないようにしますから」という。数年前から、町内で松枯れのための空中散布を行っているらしいことは聞いていたが、初めて自分達の問題として認識する。しかし、実態が全く解らないため、連休中、あちこち思い付くがぎり電話して資料を送ってほしいと依頼し、話を聞くうち、空中散布というのは非常に怖い撒き方だということ、農薬もしかりということが解ってきた。これは、絶対止めさせなければいけないと、こんなこと何年も放っておいたことを悔やんだ。
 5月7日、役場へ行き、過去の経過と実態、今後の予定を尋ねる。6年前から散布していること、大体2〜3年で区域を替えてきて、200haから年毎に面積が増えてきて今年569haということ、初年度スミパインを散布して杉に薬害が出て二千万円程の補償問題が発生し、二年目からはNAC(セビモール)を使っていること、“安全な農薬だから、盃一杯位飲んでも何ともない”こと、人家などがあったら“10m位”離すようにしていること、法令は見たことないし特別な指導もないこと、などが明らかとなった。 5月8日、県林政部造林課へTELし指導基準を確認する。200m以上の安全地帯をとるよう指導している、住宅も学校も同様だという。前日の高富町の担当者の“証言”を伝え、対応を迫ったら、電話で指導するという。
 5月9日、県から町に、そんなうるさい所は止めて、他のやりたい所に回せと指示があった、と地区の広報会長が苦渋を込めて伝えてきた。当方の、裏山15haの変更を示唆される。
 10日、町長に全面的な中止を申し入れるため、町内の有志を募る。“農薬空中散布をやめてほしい人の集り”を作ることとする。
 5月14日、県の出先の課長に聞く。高富町では、200mも離したら撒くところがないこと、住民からの苦情も多少あり、蜜蜂や、こいなど養魚業者からはいつも止めてほしいと言われている、という。
 5月15日、町長に9名の連名で計画の見直しを求める申し入れ書を手渡し、話し合う。“町の木が「赤松」”で“松茸が特産の町に松がなくては困る”“人畜無害と信じて6年間実施してきた”“被害が出たらそのとき考える”という。更に、新聞・テレビのカメラの放列の前で、8日同様の“無謀な散布の証言”がされた。
 また、町議会に見直しを求める請願署名を提出することになり、議員一人一人に趣旨を伝え紹介議員を依頼する。大部分を占める保守系無所属議員は、全く取り合わず、残る三人のうち、公明党議員は傍観、社会党議員は松枯れ空散の誘致張本人、共産党議員がO,Kしてくれる。
 21日、県に申し入れ書を出す。高富町の無謀な散布の指導責任を問うとともに、県下全体の計画(散布対象3.200ha)の見直しを求めた。この席で、県は、高富町の一部文教住宅地区の見直しを示唆した。
 こんな動きの中で、22日、町の「松くい虫被害対策地区推進連絡会議」が住民の傍聴を拒否して開かれた。約3割縮小案が町から示されたが、“緑を守るためにも、全面中止には応じられない”と町長が明言、“あいつら、水田空散が本当の目的だ”と言った議員もいたという。
 26日、縦覧期間を置くための公示最終期限のこの日、県の指導で更に縮小し、164ha減の405ha散布が確定。
 議会への請願署名は、「中止を含めた全面見直しを求める」という表現を使っていたが、提出直前になって共産党議員から“中止”という言葉を削るなら紹介議員になる、と条件を付けられた。結局、私達は、そこまで議会に譲ることは納得できず、議会請願を断念し、町長への陳情署名に振り替えることとし、6月3日、千三百余名分を提出、この際、助役は「区域外へ飛散させない」と明言し、「飛散について町と同一地点で独自調査をしたい」と申し入れた。
 6月5日、先の申し入れについて、県林政部の回答。200mをいつの間にか撤回し、50mを基準にしている、県下の全面見直しは必要ない、もし、区域外に飛散したら、散布区域の選定の誤りであり直ちに中止にすべきだ、という。また、この日、岐阜市大洞地区の人達も、一緒に参加し、実情を訴えた。大洞地区は、岐阜市北東部に位置する、岐阜最大の団地で、北に隣接するゴルフ場(関市)に松枯れ空散が行われており、高富町のことがきっかけで深刻な不安を引き起こし、“農薬と暮らしを考える会”が作られた。
 そして、6月9日より岐阜県の第一回の散布が開始された。大洞は10日散布予定で、県や関市への中止要請にも拘わらず全く変更しないという強硬な返事ばかり。前日になって、散布時間に就学旅行の生徒の集合、出発が重なっている、という中学校長の要請でやっと100m散布境界を後退するという回答。
 散布区域を下げたのに、散布面積は46haのまま公式には縮小を認めないという矛盾。厳しく抗議したら、翌日の散布後やっと、40haと発表する。
 大洞のゴルフ場を済ませたヘリは、同じく関市内の他のゴルフ場へ飛び、そこで42ha散布した。ここは、県との話し合いで、公共施設の“青少年の家”が三方を散布区域でかこまれ、しかも50m程しか離れていないと、迫ったら、50m以上離れているから問題ないと、県が突っぱねた所だ。散布当日、宿泊していた、市内の養護学校の生徒70名余りと教師が、朝のラジオ体操をしているその眼前をヘリが飛び回り、何も知らされていない教師たちは、ヘリに何の疑問も持たなかったという。
 私的な商業施設のゴルフ場に、公的予算で農薬を撒くことに、納税者としも納得出来ない。
 私達は、5月中旬より、林野庁にも逐一電話していた。ゴルフ場に空中散布していることについて、林野庁は当初、特別措置法では、絶対ありえないとしていたが、数日後、広い散布区域の一部としてならありうるとしてきた。更に、岐阜県では、この二つ以外にも幾つものゴルフ場が特別措置法に関した散布をしていることを明らかにしていくと、ゴルフ場は“(保健保養)保安林”だから違法ではないという見解を示してきていた。  一方、県西部の養老町では、国有地の森林公園に、措置法の対象事業として散布するという違法が分かり、国、県、地元の馴れ合った事実も表面化してきた。
 また、同じく10日、県最南部の海津町で、桜並木にスミチオンを十数年前から散布していたが、数年前からは松枯れ対策の事業面積に加算して散布していること、更に松の続きに撒くため桜にとっては、基準の3倍の薬剤が撒かれていることがが明らかとなった。
 いよいよ、6月14日、高富町の散布日となった。深夜に有志が集まって、打ち合わせを行い、数班に別れて明け方までに三十数箇所に飛散調査用の“ろ紙”を置いた。五箇所は、落下試験紙による行政の調査地点と同一とした。夜がうっすらと明けてきたころ、ろ紙を設置し終わり第一ヘリポートに集まった。
 実施者側も、県関係者含め町職員、山林所有者に依頼した作業員、業者の作業員など数十人、加えて新聞・テレビなどの関係者、更に、二人の私服刑事(記者が教えてくれた)も。ピリピリとした訳知れぬ緊張感に徹夜の眠気も飛ぶ。
 第二ヘリポヘートは、小人数の町職員と作業員、近くには、交通規制目的(?)というパトカーが一台。
 第一ヘリポヘートにヘリ2機が到着、凄まじい轟音。下見の後、散布が始まる。山肌を嘗めるように撒くのかと思っていたが、山の上を往って復ったらもう終わり。一体どこに撒いているのか、どこに農薬が落ちるのか、散布境界設定の無意味さが歴然。散布薬剤の75%が区域外に飛散するというカナダからの報告もうなづける。一方、数年前から空中散布の有効性の比較試験をしているという尾根筋は、五回六回と散布し、「どうして、あそこばっかり撒くんや?」と作業員たちも呆れるほど。
 第二ヘリポート周辺に行ってヘリを監視していたら、みんな目や喉がおかしくなってきた。私達と、散布しているヘリの間には、一つの集落(町長の住む)があるというのに。
 散布が終了し、手分けして、ろ紙を回収していたら、何と、調査地点のひとつで、第二ヘリポート近くの大桜町民グランドにヘリが3機集まっているではないか。ヘリをポンプ車で水洗いしているのだった。見守っていた町、県職員はこちらの抗議にうろたえ、消防ポンプ車でグランドに放水し、石灰をまいた。グランドはビニールひもで囲われ、一週間の立ち入り禁止の張り紙が出された。
 セビモールは水に溶けにくく、中和されにくい。私達は、グランドや排水溝の水、泥を採取、飛散調査同様に分析した。 そして日曜日を挟んだ翌日、ヘリの水洗い、ヘリポートで農薬をあちこちこぼしていたことなどについて、抗議文を出した。
 町は、グランドについては、現場に16トンの砂の客土作業中であることを示し、水路の水質検査は了解した。立ち入り禁止の区域、理由、掲示が不明瞭という点に付いては、その日の内に大きな看板が立ち、ロープが巡らされた。ヘリポートの作業については、第二回目は、注意するとした。
 どう話しても、農薬の怖さを認識しようとしない役人に対して、農薬は面倒臭いから扱いたくない、空中散布は面倒臭いと思わせることが、中止の早道と、私達は考えた。農薬は本来、ある限られた条件のもとで、定められた使いかたをする前提で使用を認められている。それを指導があろうと無かろうと、いい加減な取り扱いは許されないことを、しっかり知らせる事が必要だ。
 つまり、基準に従って農薬を使うと、マスク、手袋、手洗いに至るまで非常に面倒臭くて、やってられない。散布区域外でヘリや器具を洗い流したら、即、区域外汚染だ。高富町では、町の職員、作業員の半数位が、散布作業中カッパを着ていた。昨年までは、そんなこと一人もなかったと、ある町職員。これも、騒ぎが大きくなって、セビモールってそんなに怖いのか、と自衛したのだという。
 第2回の散布で、ヘリのタンクに農薬を補充するのに、ホースから一滴もこぼしてはならじと、三人掛かりでホースの先にバケツを受けながら、ヘリの羽根の下を中腰で走る姿は、マンガだった。
 大阪大学・植村振作氏、岐阜薬科大学・河合聡氏(分析化学)らにお願いした、飛散調査の中間報告(19地点分)が出て、19日に公表した。散布区域から100mの民家沿いで5.300マイクログラム/m2から、1.500m地点でも痕跡がみられた。
 大洞団地、青少年の家のあるゴルフ場、高富町の東に接する山域に実施した岐阜市の飛散調査結果が次々とまとまり、その結果をもって各市町と交渉するとともに、県の林政部、衛生環境部同席で話し合った。空中散布被害者本人の申し出や、事例の報告の後も、衛生環境部は、林政部に聞いたら、問題のある散布はしていないというので問題ない(?)、保健所からは被害の報告がない、の一点張り。林政部は、前回の話し合いの「区域外飛散はない、もし、飛んだら中止する」を翻して、「区域外に飛んでも、人体被害がなければ、問題ない」と言い出す始末。
 県の強硬な姿勢を受けてか、どこも7月上旬の第二回目は、全く縮小もせず実施した。勿論、岐阜市のように来年は考えるから、今年は撒かせてくれ、というところもある。関市の青少年の家は、前日の宿泊客を断った。大洞団地裏では、暗い内にさっと撒き終わってしまって、ろ紙の設置が間に合わなかったという。
 高富町では、ヘリポートで薬剤がこぼれないよう、トラックや周辺にシートを張り巡らした。でも、散布後のヘリや器具の洗浄は諦め切れないのか、町の北端にある観光栗園の奥の広場にこっそり隠れたつもりが、器具を積んだトラックの後を付けられて、結局見付かってしまった。高富町の第二回目の飛散調査結果は、全体に数字が低く、前回より気を使って散布したことがうかがえる。
 7月28日、県に対する牽制の意味も含めて、全林野・田中昭一氏、日消連・小松茂氏、浜松・渡部和子氏、植村振作氏を招いて“農薬と暮らしを考えるシンポジウム”を開いた。この日は、松枯れだけでなく、水田空散や共同防除、白あり駆除など家庭内農薬も含めて話し合った。
 そして、県議会に、松枯れ空中散布の中止を求める請願を出すことが提案された。また、参加者のひとり、富山・和田氏から水田空散の監視をしていて、散布中のヘリに追い掛けられた、その足でここへ来たと、報告があり、一同驚いた。
 9月になって、岐阜の市会議員から連絡があり、岐阜市は来年から空散(200ha)を中止する方向を固めたらしいので、議会でその方針を公式に引き出せたら皆さんの手助けにもなるだろうということ。私達の飛散調査結果や申し入れ書を引用し、質問時間の大半をさいてくれた。勿論、市の執行部の答弁は、「今年度、特別措置法の延長問題もあり、現時点では、方針を明らかに出来ない。」というものだった。
 9月下旬、関市や県の強硬な姿勢に、大洞団地の人達は、電話戦術に出た。0の日は誰、1の日は誰と順に決めて、自分の日に、担当課にTELし言いたいことを言い、聞きたいことを聞くことで、連日、行政を“パンク”させようというのだ。住民を無視すると、後が怖いと。
 10月の松枯れ全国集会(大阪)に参加し、12月の林野庁交渉(東京)にも出掛けた。5月以来、電話ではよく話していた、森林保全課の人達に始めて会った。
 10月になって、12月県議会、関市議会に出す、請願署名の運動を始めた。請願項目は、
@農薬使用をやめ、伐倒搬出、樹種転換 など他の方法に換えること
A空中散布を実施する場合は、住宅・学 校・公園・公共施設等から千メートル以上離すこと
B自然公園・森林公園などで空中散布を 実施する場合、利用者への周知徹底を図り、相当期間の入場規制をすることC公的予算によるゴルフ場などでの散布をやめること
の四点だ。
 12月議会一般質問で、林政部長は自民党議員の質問に対し、「被害の先端部では伐倒に務め、激害部では、伐倒、樹種転換に務めます。尚、住民の理解、協力を得られないところでは特別防除(空中散布)は行いません。」と答弁。請願を審議した、農林委員会でも、全く同様だった。
 12月上旬、請願の提出に際して会った関市長は、ゴルフ場の散布は中止することを明らかにした。10月に既に県から、ゴルフ場は特別防除の対象として要望しないこと、要望しても認めないという指示が市町村に出されてきたという。大洞団地の人達にとっては、後は、ゴルフ場が独自にやるかどうかが残った問題だ。何しろ、特別措置法ができるより早く、17年前から独自にやっていたのに何で今更駄目なのかゴルフ場経営者には理解できないという。
 また、後に明らかになったが、10月末の時点で、市町村に来年度は1.500haとする(今年は3.200ha)のでそのように要望するように県から目安が示され、、11月末には、約3.000haの要望が集計され、高富町も今年同様に400haを要望していた。
 87年1月には、岐阜市が、高富町に隣接する三輪地区200haの空中散布を中止することが明らかとなった。   
                   (「どじょう通信」の原稿)