汚職有罪確定首長退職金未返還請求に関する岐阜県市町村退職手当組合・山県市職員/措置請求書(住民監査請求書)

【1 請求の趣旨】
第1 請求の概要
 岐阜県山県郡高富町(2003年4月1日に同郡美山町及び同郡伊自良村と合併し,岐阜県山県市となった。)の町長が収賄容疑で逮捕され、有罪となった。この事件に関して、山県市が加入している岐阜県市町村退職手当組合(以下、「本件組合」という)退職手当条例(以下、「本件条例」という)では、刑事事件で禁固以上の有罪が確定した場合、組合長が退職金を当該職員に返還請求する規定(本件条例第15条の3)になっている。それにもかかわらず、組合は返還請求をしないとの方針を決定した。山県市も同様に何も請求しないことを決めた。
 よって、住民は、「返還請求を怠ることは違法である」等として訴えるしかない。

第2 刑事事件の概要
 1, 刑事事件
 当該町長(以下、「元町長」という)は1997年6月の高富町長選挙において当選、2001年6月に再選された。
 元町長は02年4月28日より連日県警の事情聴取を受け、5月1日、高富町の公共事業(児童館「子どもげんきはうす」建設事業)に絡んだ収賄容疑で逮捕され、5月22日に岐阜地検により起訴された。6月4日に高富町議会で辞職の承認を得た。
 02年7月15日の第1回公判で起訴事実を認めたので翌16日、保釈金500万円で保釈された。途中第3回公判から、元町長は「100万円は町長選挙のための陣中見舞い」等と主張し、容疑の否認に転じた。
 しかし、結局、04年2月6日に岐阜地裁で「禁固1年半、執行猶予5年、追徴金100万円」の判決をうけ、控訴しなかったことから有罪が確定した。
 なお、贈賄側業者は、02年7月15日の第1回公判で起訴事実を全て認めて、同年12月26日に岐阜地裁で「懲役1年、執行猶予3年」を言い渡され、控訴しなかった。

 2, 公判で明らかにされた事件の経過
 元町長は2001年3月から贈賄側業者と接触を始めた。元町長は、同年4月に担当課が選定した指名業者のうちの大手建設業者一社を外して贈賄側業者を加えるように助役に強制した。同年5月の入札直前、予定価格を教え、同入札において実際に贈賄側業者が落札した。その直後の6月上旬に100万円を町長室で受け取った。
 6月中旬に町長選挙が告示されたが、元町長は無投票で再選された。同年7月から2期目の町長の任期が開始されたところ、7月の議会で同入札の状況が質疑されたことなどから不安を感じ、100万円のわいろをいったん返却した。が、改めて欲しくなり同年8月上旬に自分の後援会に分けて振り込むよう求め、口座番号のメモを町長室で渡した。実際に、同年8月21日に100万円が振り込まれた。

第3 本件条例と退職金及び負担金
 1, 返納規定
 本件条例第15条の3の1項本文柱書は、「退職した者に対し一般の退職手当等の支給をした後において、その者が在職期間中の行為に係る刑事事件に関して禁固以上の刑に処せられたときは、組合長はその支給した一般の退職手当等の額のうち次に掲げる額を返納させることができる」とし、同2号は、「(2) 前号に掲げる場合以外の場合一般の退職手当等の額の全額」とされている。
 なお、「返納させることができる」とは、自由裁量ではなく、羈則裁量である。

 2, 退職金の額
 長の退職金の算出は本件条例第6条1項本文で「退職の日におけるその者の給料月額に勤続期間を乗じて得た額」、同1号において「在職期間1年間につき100分の500」とされているから、4年間で100分の2000となる。即ち、当時の高富町長の条例で規定する給料月額は77万円であるから本件退職金支給額は1540万円である。

 3, 山県市(旧高富町)が退職金として組合に拠出した負担金
 (1) 狭義の負担金
 市が組合に負担した金額は、本件条例第17条本文において職員の給料月額に応じて負担するとされ、2号で「特別職は1000分の300」とされる(狭義の負担金)。また、負担金については、就職または退職の月において日割り計算で給料を支給された場合の負担金の算定の基礎となる給料は前月分の給与月額とする(条例施行規則)。
 よって、元町長の在任中に当該相当分として毎月組合に納付された額の合計は、77万円×(1000分の300)×49カ月分で算出した1131万9千円である。

 (2) 広義の負担金
 本件組合は独自の財源は持たないから、当該退職金の残りの額(1540万円−1131万9千円=)408万1千円の最終的な出所の確認が不可欠である。山県市が出しているのか、組合が独自に出しているのか、例えば国からの助成金・補助金等が一部でもあるのか、などの疑問が生じる。
 この点に対する2004年9月の山県市の説明では、「組合に確認したところ、組合は全体をプールして運用しているので、突き詰めれば全額が山県市の拠出分という認識でよい」、との旨であった。即ち、山県市のすべての職員分として、従前より毎月負担金を拠出している分の合計の金員が認識できるところ、その中から元町長に対する退職金も支給されたものということになる(広義の負担金)。

 4, 自治体合併
 なお、自治体合併の場合、合併前自治体の債権債務は合併後の自治体に継承する。

第4 本件当事者の考え
 1, 本件組合の考え
 本件組合は、返還請求すべきか否かに関して、判決文などにある事案の経過などから判断して、争点となるのはのは01年8月であって、その時期は2期目であるから1期目の退職金を返還請求すべき場合には当たらない、との判断である。

 2, 山県市の考え
 山県市は、組合の判断に追随するとの考えである。

 3, 本件請求人の考え
 (1) 本件条例は「その者が在職期間中の行為に係る刑事事件に関して」としている。この事件は、町長の1期目の任期(2001年7月)の終了前になされた行為を原因とし逮捕され、有罪が確定した。この経過は、前記第2の2で述べたように報道記事等に明らかである。犯罪は一連の所作の結果である。本件事実経過からすれば、01年3月から同年8月の再受領までの行為は一連かつ不可分なものである。
 仮に、分断して考えるとしても、当初の金銭授受は6月なのだから、1期目の任期中である。その後にいったん返したとか再度要求したとかは後続の事情である。
 よって、退職金は返還請求されねばならない。

 (2) 組合は最終的な行為を捕らえて「行為は01年8月」としている。が、行為を「01年8月」に極限したときは、それは単なる「金銭授受行為」としての評価であるから、政治家に対する単なる「政治資金の提供」であり、元町長の主張と同じ「100万円は6月の町長選挙のための陣中見舞い」である、ということになる。つまり、組合や市の考えでは、政治資金規制法の問題であって、本件事件は、収賄事件=刑事事件ではない、ということになってしまう。

第5 本件住民監査請求の必要性
 1991年5月には、高富町の現職議員4人及び前助役が逮捕され、97年5月には現職町長が収賄事件で逮捕された。それに続く、02年の高富町の町長の汚職事件は、発覚から2年以上が過ぎた。公職者の汚職防止には各種の制度改革が不可欠だが、山県市は、反省に基づく有効かつ厳しい制度改革を実行しているようには見えない。この刑事事件の法廷でも、証人席に立った当時助役に対して、検事が「行政として再発防止しようとするなら、職員が裁判の傍聴に来るはず。なぜ、来ないのか。反省がないのではないか」という旨をきつく質問していた。
 有効な改革の一つは、不正をした場合は厳格に対応するという市の方針の徹底と実行にあるのは明らかだ。
 よって、住民の手で問題点の所在を、一つずつ明らかにするしかない。

第6 違法性
 1, 組合長の違法
 組合長が、元町長に対して、高富町長としての1期目の退職金1540万円につき返還請求権を行使しないことは、本件条例第15条の3の1項に違反するもので、財産の管理を怠る事実として違法である。
 同時に、地方自治法第2条14項(最小経費で最大効果の原則)に違反し、地方財政法第4条(必要かつ最小限度の原則)に違反する。

 2, 山県市長の違法
 山県市(旧高富町)が職員の退職金として支出した負担金に関して、本件条例第15条の3の1項に違反して元町長に1期目の退職金1540万円を組合長が返還請求しない方針を決定したことで最終的に山県市に損害が生じ得る。よって、山県市長が組合長もしくは元町長に賠償請求をしないことは財産の管理を怠る事実として違法である。

第7 損害
 1, 損害の所在の認定
  (1) 一部事務組合の財務に関して、構成自治体の住民は当該組合監査委員に対して住民監査請求できることは確定している。
 本件の場合、住民が山県市監査委員に監査請求した場合、住民訴訟において、そもそも組合に監査請求すべきであると却下される可能性がある。仮に、進んで、本案について審査されて、各種の違法性が認識されたとしても、損害の有無に関しては結局は組合の予算の中のことであるから、山県市に損害は生じない、との棄却判決もあり得る。

  (2) ところで、国や県から市町村に交付された補助金に関して、その補助事業の執行に係る違法性が認定され、さらに補助事業費の相当額が損害といえる場合であっても、住民訴訟においては、「当該市町村の損害」として認定されるのは当該市町村が「純粋に支出した分」のみであって、国や県から市町村に交付された「補助金の分」については当該市町村の損害ではない、という判例がある。
 すると本件では、組合監査委員のみに監査請求した場合、違法性が認定されたとしても、損害の有無に関して、もともとは全額が山県市の負担金であるから、組合側に違法があっても組合に損害は生じない、との判決もあり得る。
 
  (3) 以上のことから考えると、結局、本件事案においては、住民は組合監査委員および山県市監査委員に対して、ほぼ同じような内容で同時に監査請求しておくしかない。そして、最終的に、損害がどちらに帰属するかの裁判所の認定に待つほかない。

 2, 組合の損害
 前記(1)のとおり、組合監査委員に対してした住民監査請求における争点の退職金について、組合が構成市町村から拠出された負担金が組合の固有の会計として評価されるなら、違法性が認定され、かつ生ずる損害は組合に帰属する。

 3, 山県市の損害
 山県市監査委員に対してした住民監査請求における争点の退職金について、全額が負担金を拠出した当該自治体の固有の会計の問題として評価されるなら、違法性が認定され、かつ生ずる損害は山県市に帰属する。

第8 組合の監査委員に求めること
 1, 要点
 組合が条例に基づく退職金の返還請求をしていないことは違法であり、かつ、請求しないことを決定したことで損害が生じることは明白である。既に、返還請求権の発生から9ケ月が徒過してしまった。いずれ時効になる。よって、同組合長は直ちに元町長に返還請求する義務がある。仮に請求しない場合、請求を怠ることによって生じる公共団体側の損害について組合長は自ら補填する義務が生ずる。
 よって、以下の勧告を監査委員に求める。

 2, 怠る事実の認定
 組合長が元町長の1期目の退職金1540万円の返還請求権の行使をしないことは、財産の管理を怠る違法なことであると認定し、組合長に、直ちに返還請求するよう勧告することを求める。

 3, 損害の補填
 前記にかかわらず、組合長が返還請求権を行使しない場合は、組合長自ら組合に補填するよう勧告することを求める。

 4, 遅延利息の扱い
 (1) 遅延利息の発生
 組合に返還請求権の発生した2004年2月21日以降、当該請求権の行使、それに対する当事者からの返還行為に幾分の期日を要することは致し方ないところ、社会通念上許容される期間につき、本件請求人は最大限60日(2カ月)であると主張する。よって、2004年4月21日以降の1540万円に係る遅延利息(年5%)が生じているというべきところ、遅延利息の発生及び累積は組合長の著しい怠慢もしくは明白な過失であり、さらに、同年10月中旬に「返還請求しない方針を決定した」ことは組合長の故意もしくは重大な過失によるものである。
 即ち、1540万円に係って返還請求権の行使を怠ることで、2004年4月21日以降完済の日までに生じる遅延利息(年5%)につき、組合長は組合に支払義務を負う。

 (2) 求める勧告
 よって、1540万円に係って2004年4月21日以降、完済の日までの遅延利息(年5%)につき、組合長は組合に支払えと勧告することを求める。

第9 山県市の監査委員に求めること
 1, 要点
 元町長に高富町長としての1期目の退職金1540万円を組合長が返還請求しないと決定したことで最終的に山県市に損害が生ずるとの評価が成り立ち得る。よって、その場合は、山県市長は組合長もしくは元町長に賠償するよう請求する義務がある。
 仮に請求しない場合、請求を怠ることによって生じる公共団体側の損害について市長は自ら補填する義務が生ずる。
 よって、以下の勧告を監査委員に求める。

 2, 怠る事実の認定
 (1) 山県市長が、組合長もしくは元町長に賠償請求権を行使しないことは財産の管理を怠る違法なことであると認定し、山県市長に、組合長もしくは元町長に、直ちに賠償請求するよう勧告することを求める。

 (2) 山県市長が、組合長が返還請求権を直ちに行使するよう要求しないことは財産の管理を怠る違法なことであると認定し、山県市長に、組合長が直ちに、返還請求権を直ちに行使するよう要求することを勧告するよう求める。

 3, 損害の補填
 (1) 前記(1)にかかわらず、山県市長が賠償請求権を行使しない場合は、山県市長自ら山県市あるいは組合に補填するよう勧告することを求める。

 (2) 前記(2)にかかわらず、山県市長が、、組合長が返還請求権を直ちに行使するよう要求しない場合、山県市長自ら山県市あるいは組合に補填するよう勧告することを求める。

 4, 遅延利息の扱い
 (1) 遅延利息の発生
 山県市が、1540万円に係って、損害賠償請求権の行使を怠ることで生じた許容期間控除後の2004年4月21日以降、完済の日までに生じる遅延利息(年5%)につき、故意もしくは重大な過失によるものである。
 即ち、1540万円に係って、損害賠償請求権の行使を怠ることで2004年4月21日以降完済の日までに生じる遅延利息(年5%)につき、山県市長は山県市あるいは組合に対する支払い義務を負う。

 (2) 求める勧告
 よって、1540万円に係って2004年4月21日以降、完済の日までの遅延利息(年5%)につき、山県市長は山県市あるいは組合に支払えと勧告することを求める。

【2 請求者】別紙のとおり 寺町知正  他 12名

 以上、地方自治法242条1項により、事実証明書を添えて必要な措置を請求します。                           2004年12月10日
岐阜県市町村退職手当組合 監査委員 様 
山県市監査委員 様 

      別紙事実証明書目録
甲第1号証 起訴後の初公判を報ずる2002年7月16日岐阜新聞、同読売新聞
甲第2号証 未返還請求を報ずる2004年10月4日・5日朝日新聞、5日毎日新聞
甲第3号証 未返還請求を報ずる10月5日中日新聞
      請求しないことを決めたことを報ずる10月19日岐阜新聞
                                  以上