各位                                       
                                  2008.2.16
                
   自治体の多重債務対策に関する地方議会質問形式の資料について
 
 多重債務問題の研究者から、

「 自治体の多重債務対策に関する状況、今後なすべきと思われることを、地方議会質問のような形でまとめました。行政や議会に興味のある方、ご自由にお使いください」

と情報提供がありました。なお、

「 具体的には、それぞれの自治体の実情を自治体当局からしっかり聴き取ってまとめる必要があります。」

とのただし書きがついています。

 議員の一般質問に全部もしくは一部を使うとか、行政の検討に使うとか、用途はご自由にどうぞ。
 インターネットの転載や転用・流用も歓迎です。
 


  「自治体の多重債務対策に関する状況、今後なすべきと思われること」
                 = 目次 =
     1 はじめに
     2 多重債務に陥る仕組み
     3 サラ金の仕組み
     4 最近の動き(法改正と過払金の請求)
     5 多重債務者の実情とサラ金会社の今後
     6 ヤミ金・融資保証金詐欺
     7 多重債務問題改善プログラム
     8 多重債務者対策協議会を中心にした行政の取り組み
        (1)自治体の相談窓口の役割
        (2)自治体の関係部署間の連携
        (3)広報・啓発
        (4)都道府県の多重債務者対策協議会
        (5)自殺対策協議会との連携
        (6)無料相談事業
        (7)法律家の数の問題
        (8)その他
   
「自治体の多重債務対策に関する状況、今後なすべきと思われること」
                           多重債務問題・研究者(2008年2月)

 1 はじめに
 多重債務問題について質問します。多重債務は悲惨な結末につながることが多いです。自殺をはじめ、離婚、夜逃げ、犯罪、ホームレスへの転落、仕方なく風俗店のサービス従事者になる、といったところです。多重債務者は全国に200万人ぐらいいると思われます。深刻極まる問題です。
 その対策として一昨年の国会で、貸金業制度を抜本的に見直すためのいくつかの法案が通りました。それに関する国会論議が盛り上がり、マスコミでも大きく報道されました。
 最近はマスコミ報道はそれほど目立ちませんが、多重債務問題が深刻であることはまったく変わりません。
 むしろ、多重債務の相談体制の強化や多重債務者に対する相談先の啓発は以前よりもさらに急がれる状況です。なぜ、そういうことになってきたのか、その認識をまず深めねばなりません。そこを説明してみましょう。
 
 2 多重債務に陥る仕組み
 サラ金会社や信販会社など何社かから借金して返済に行き詰まるのが多重債務です。年収が300万円に満たない、だけど6社に対する借金残高が約300万円もあってどうしようもない、家族にも内緒で借金しているから相談しづらい、といったところが典型的なパターンです。
 ほとんどのサラ金会社は一昨年まで年利20数%という高金利で貸していました。50万円の借金残高があって毎月2万円ずつ返済していくとき、その返済額2万円のうちの1万1000円ぐらいが利息といった具合です。
 月収20万円とか25万円という人が、サラ金会社に毎月1万円以上もプレゼントしていたら家計が苦しくなるのは至極当然です。
 でも苦しくなったときにとりあえずの打開策というものがあるのです。それは、もう1社から50万円借りるといったことです。
 当面、多少のゆとりができますが、毎月4万円も返済し、その中に2万円以上も利息が含まれるということになるのですから、しばらくすると一段と返済に苦しむようになります。
 この状態でどうするか。反省して支出を切り詰め、ひたすら返済ばかりという形に方向転換して完済に向かい始める人はいます。
 しかし、借金に対する依存心が高くなっており「もう1社から借りて当面はしのごう」と考える人が多いのです。こんな具合で、5社、6社と借入先が増えて多重債務に陥ります。
 
 3 サラ金の仕組み
 ほとんどのサラ金会社はカードローンという形式で融資しています。利用限度額、借金残高の上限額という意味ですが、これが最初に設定されます。
 とりあえず50万円の利用限度額にされることが多いです。毎月の返済額の最低額も決められます。50万円の限度額なら、毎月の返済額は2万円が標準という状況が長く続いてきました。
 借り入れと返済は、自動機にカードを入れて簡単に行えます。しっかり覚えておいてほしいのは、カードローンは利用限度額の範囲内なら何回でも繰り返し借りられることです。
 限度額が50万円に設定された、それで最初に50万円借りた、2、3カ月は毎月2万円ずつ返済して追加借り入れはしなかったという人は元金の返済は2、3万円進んだことになります。
 借金残高は47万円とか48万円とかになっているわけです。限度額まで2万円とか3万円とか借りることができます。
 こういう状態のときに利用限度額いっぱいまで、また借りてしまうのが多重債務者となる人のパターンです。サラ金のカードローンは、借金の自動販売機で多重債務者を大量生産するようなシステムだったのです。
 
 4 最近の動き(法改正と過払金の請求)
 多重債務者が200万人を超す事態に、これではいけない、と一昨年、貸金業法、出資法などが改正されました。これは、これ以上は新たな多重債務者を生まないようにしようとするものです。
 現状では、出資法の上限金利は年29・2%で、利息制限法の上限金利は貸し出し金額によって年20%、18%、15%のどれかに決まっています。
 二つの法律の上限金利の狭間がグレーゾーン金利。サラ金会社はこのグレーゾーン金利で融資して巨額の利益を上げ、過剰融資を続けていたのです。
 ですが、一昨年の法改正でグレーゾーン金利での融資は2010年以降はできないことになり、大手サラ金会社は前倒しで、利息制限法の上限金利以下の金利で融資するように変わってきています。
 法改正では過剰融資をさせないために、融資額の総量規制も導入されました。債務者に対する何社かの貸金業者の貸付額の合計がその人の年収の3分の1を超えてはならないというルールです。
 この規制も2010年以降に実施されますが、サラ金会社は今でも融資にあたっての審査を以前よりかなり厳しくし、融資を断ることが多くなってきています。
 グレーゾーン金利はもともと法的な根拠は弱いもので、多重債務者が法律家に相談すれば、借金残高は契約したグレーゾーン金利ではなく利息制限法の上限金利で計算されるのが普通に行われています。
 この再計算で、サラ金会社に50万円の残高がある人でも残高が20万円とか30万円とかに減ったりします。残高が計算上はマイナス30万円になったといった場合は、借金は既に完済していて30万円は払いすぎの過払い金だ、ということになります。
 サラ金会社との取引期間が7年以上といった人は、サラ金会社に過払い金返還の裁判を起こせば、過払い金が実際に戻ってくることが多いのです。
 サラ金会社に50万円の借金残高があって返済に苦しんでいた人が、サラ金会社に返済する必要がなくなって、逆にサラ金会社から金がもらえるというのだから、多重債務者には夢のような話です。ですが、これは現実なのです。
 というわけで、サラ金会社に対する過払い金返還請求が年々増え続け、今では過払い金返還がサラ金会社の経営基盤を揺さぶっています。
 過払い金返還の増大と貸金業制度の抜本改正でサラ金会社の淘汰が進行し始めています。昨年9月、東証一部上場、本社静岡市のクレディアが民事再生法の適用を申請したのは記憶に新しいところです。今年もサラ金会社の倒産が続くことは必至のようです。
 出資法上限金利の引き下げと貸出額の総量規制が実現する2010年にはサラ金会社は数社しか残らないという見方もあります。

 5 多重債務者の実情とサラ金会社の今後
 多重債務者の実情を考えてみましょう。借入先は6社ぐらいのことが多いです。サラ金会社に限って言うと、多重債務者となる人に最初に借す会社は広告やCMをがんがんやってきて知名度の高い大手サラ金会社であることがほとんどです。
 3社目とか4社目とかで準大手からも借り入れし、5社目、6社目は中堅サラ金会社といった順序が普通です。
 借金残高の合計が年収の3分の1を超えてはいけない、というルールが2010年には始まることを思い起こしてください。
 多重債務者には年収が300万円以下の人が多いです。そこで、年収300万円の人を例に考えてみましょう。借金残高の限度は100万円なのです。アコムに50万円、プロミスに50万円借りている人に対しては、もうどこのサラ金会社も貸せないのです。
 こういうことなので、総量規制は準大手や中堅のサラ金会社にはものすごく厳しいです。倒産、廃業が続くのは必然と思えます。
 こういうサラ金業界の状況が、多重債務者やその一歩手前の人に大きな影響を及ぼし始めています。4社から借りている人が次の5社目に借り入れを申し込むケースは、以前は審査で通って借りられることが多かったのですが、今では審査が通らず借り入れられないことの方が多くなっているようです。
 また、サラ金会社が廃業とか破産したりしたとき利用者は、毎月の返済の義務は続く一方で、追加融資は受けられなくなります。
 サラ金会社が廃業や破産に至っていなくても、そういう方向に向かい始めるだけで、追加融資をやめる傾向が強くなります。
 多重債務者やその予備軍の人は「返しては借りる」という行動パターンのわけです。その借りる部分がストップしてくるのです。このことの意味は大きいです。
 
 6 ヤミ金・融資保証金詐欺
 サラ金6社に対する借金残高がそれぞれ50万円で、各社に毎月2万円返済している人は、返済したとたんにまた、限度額いっぱいまで1万円ぐらい借りる人ことが多いです。
 そのうちの2社が追加融資をやめて返済の受け付けばかりになると、手元に入る金は毎月2万円ほども減ります。手取り月収が20万円ぐらいの人にとっては、これはすごくきついです。
 自転車操業という言葉はよく知られています。その自転車操業の自転車をこぐのが難しい状態なのです。
 この状態ならどこかの相談機関に行くだろう、と簡単に考えるのは甘いです。多重債務者の10人に7、8人は家族に内緒で借りています。だれにも打ち明けず借金を膨らませたのです。
 人間には体面を保ちたいという意識があります。多くの多重債務者は内緒の借金なので「打ち明けたくない」とか「体面を保ちたい」という意識が強く働きます。その上、借金依存心が強くなっています。
 そういう多重債務者の特性を熟知していて、ターゲットにしているのが、ヤミ金融や融資保証金詐欺などの悪徳業者です。「低利融資で借金を一本化」とか、巧みな誘い文句のダイレクトメールを送りつけたりして勧誘します。
 ヤミ金融は3万円とか5万円の小口融資ですが、悪質な違法業者です。利息を一週間で1万円要求したりします。金利は出資法上限金利を何十倍も上回っています。
 返済が滞ると、ヤミ金融業者はおそろしい口調の恫喝電話を執拗にかけます。債務者本人だけでなく、家族の勤め先や近所の家にまで嫌がらせ電話をかけまくる業者が目立ちます。債務者の精神状態は極限まで追い込まれてしまいます。
 ヤミ金融は2002年、2003年ごろに猛威を振るいました。ヤミ金融被害者は数十万人以上もいたようです。
 2003年に大阪府八尾市で、高齢者3人がヤミ金融の脅しが原因で電車に飛び込み自殺し、それがきっかけでいわゆるヤミ金融対策法が成立したことは多くの人が覚えておられると思います。ヤミ金融についての罰則が重くなったりしました。
 その後、ヤミ金融被害はかなり減ったのですが、被害の根絶には遠いのが現状です。多重債務者の救済に真剣に努力されている方々は、しょっちゅうヤミ金融業者とどなりあっておられるそうです。
 融資保証金詐欺もはびこっています。「お金を貸します。その前に保証金を出してください」と言って十万円とか二十万円とかを振り込ませ、その後は連絡がとれないようにして保証金をだましとる手口です。
 多重債務者には借金依存心が強い人が目立ち、また今はサラ金会社から借りにくくなってきています。ヤミ金融や融資保証金詐欺の誘いに乗ってしまう人が急増しかねない状況なのです。
 多重債務者救済運動を展開されている法律家らは「今年はヤミ金融被害の封じ込めに全力投球しなければならない」と強調しています。
 ヤミ金融や融資保証金詐欺は犯罪行為なので、対策の柱は警察がきっちりと摘発を進めることです。
 
 7 多重債務問題改善プログラム
 もう一つ重要なのは、ヤミ金融の誘いに乗らないよう、多重債務者を相談機関に誘導して多重債務を解決してもらうことです。
 また、多重債務を解決すれば、自殺や離婚、犯罪などの悲劇が回避できることが多いのだから、相談機関に適切に誘導していくのはすごく重要なのです。
 そんなに難しくなさそう、と思う人が多いかも知れませんが、実際にはすごく難しい課題です。
 相談機関を訪ねてもらわなければならない人がすさまじく多いのです。多重債務者の借入先は、サラ金会社、信販会社、銀行などです。
 個人信用情報機関の統計によると、サラ金会社の5社以上から借金している人は全国で130万人ぐらいいます。3社以上の人だと400万人近くになります。
 貸出額の総量規制によって思うように追加融資が受けられないという状況は今後、借入先が3社の人にも広がると予想されています。
 相談して債務整理を実行すべき人は300万人以上もいるという見方もあるのです。多重債務者救済運動をしている人たちの間では、2010年までに300万人に債務整理をしてもらおうという話が出ているそうです。
 毎年100万人が債務整理をするという計算になります。従来は、債務整理をする人は毎年40万人ぐらいだったと言われています。
 わが国で年間100万人が債務整理をするというのは、法律家のキャパシティーなどから、相当な難事だそうです。
 こういう事情があるので、一昨年の暮れ、貸金業制度抜本見直しの法案が成立したすぐ後に政府が多重債務者対策本部を設置したのです。
 そして、対策本部は昨年4月に多重債務問題改善プログラムをまとめました。
 最大の柱は、相談に対応していく体制の強化です。そして、自治体もそれに向けて積極的にかかわっていくということになりました。
 多重債務の解決に向けては、弁護士や司法書士、弁護士会や司法書士会、民間の多重債務者支援団体などが頑張ってきたのですが、それだけでは膨大な数の多重債務者は救いきれず、どうしても自治体がかかわらざるを得ないのです。
 法律家や法律家団体は、一般の国民にはまだまだ敷居の高い存在です。それに対して自治体は住民に身近な存在です。住民への広報・啓発といった面でも自治体は力を持っており、多重債務対策で自治体への期待が大きくなっているのです。
 多重債務問題改善プログラムで、自治体がするべきこととされたポイントを順に挙げます。
 第一は、市町村や都道府県に多重債務者にしっかりアドバイスができる相談窓口を作ることです。第二は、多重債務問題に関係する自治体内部のさまざまな関係部署と連携していくこと。第三は、多重債務者やその一歩手前の人に向けて「相談すれば助かる」というメッセージを送り続けることです。
 
 8 多重債務者対策協議会を中心にした行政の取り組み
 都道府県については、もう一つ非常に重要な役割が与えられました。それは、都道府県の関係部署のほか、警察、弁護士会、司法書士会、多重債務者の救済活動を展開している市民団体、法テラスの地方事務所などをメンバーにした「多重債務者対策協議会」「多重債務者対策本部」といった組織の設置、運営です。
 この対策プログラムに先行していた先進的な自治体もいくつかありました。プログラムが発表された後、それに沿った形で多重債務対策に力を入れ始めた自治体も目立つようになってきました。
 そういった先進的な自治体の施策から、多重債務対策で自治体が具体的に何をやればいいかが見えやすくなってきています。

 (1)自治体の相談窓口の役割
 自治体の相談窓口では多重債務者からまず、借入先や借金の額、収入、家族構成などを聞き取っていきます。
 そして「助かりますよ」と励ましながら、自己破産、個人再生手続き、任意整理、特定調停、過払い金返還請求訴訟といった解決法の概要を説明。弁護士会や司法書士会、多重債務者支援団体などを紹介します。
 このあたりの要領は、金融庁が昨年まとめた相談対応マニュアルの文書やDVDで学べます。自治体では、盛岡市、鹿児島県奄美市、滋賀県野洲市、京都府京丹後市、名古屋市などが模範的な相談対応をしています。

 (2)自治体の関係部署間の連携
 次は自治体の関連部署間の連携です。多重債務者の相談に主として当たるのは消費生活相談を受ける部署ですが、多重債務に関連ある部署はほかにも数多くあります。
 地方税や国民健康保険料、公営住宅の家賃、公立学校の授業料などの徴収担当者は、滞納者から事情をしっかり聞くと、その人が多重債務者であることを把握できることがあります。
 こういった場合は、その担当者はその人に向かって「多重債務は解決できますよ」と説明するべきです。
 それがきっかけで多重債務が解決できて、滞納分の一部が返してもらえたとか、全部が返してもらえた、といった話は多くの自治体で報告されています。
 サラ金会社との取引機関が10数年もあるような人がいます。この人たちは法律家に相談して過払い金返還請求訴訟をすれば、サラ金会社から100万円も取り戻せたりします。
 借金地獄にあえいでいた人が自治体担当者から法律家を紹介されて過払い金がこのように獲得できたら、国保料の滞納分を返還しようと考えるのは当然だろうと思います。
 東京都と東京都国民健康保険団体連合会は国保料滞納者向けの相談事業を実施しています。
 区や市町村の窓口での国保料納付相談で、相談者が多重債務者であるかどうかを把握し、多重債務者本人が債務整理を希望する場合は窓口担当者が弁護士会を通じて弁護士を紹介する仕組みです。過払い金で国保料滞納分を穴埋めしようというわけです。
 各地の自治体も同様のことができます。国保料の滞納だけでなく、公営住宅家賃などさまざまな滞納についても応用ができます。
 地方税や国保料、公営住宅家賃の徴収担当者は納付相談を受ける際に、相手が多重債務者ではないか、慎重な言い回しで尋ねることが必要です。
 多重債務者であれば、多重債務が解決できることや具体的な対策法を示したパンフレット、チラシを渡します。
 同じような内容の大きなポスターを作って、納付相談の窓口の壁に掲示している自治体もあります。
 生活保護の受給申請の窓口でも、申請しようと訪れた人が多重債務者であることを把握できる機会が多いです。母子家庭の相談に乗る担当者などもそういった機会があるようです。
 こういった多重債務に関連する部署が連携をしていくための役所内組織を作る自治体も増えています。盛岡市の取り組みが参考になります。

 (3)広報・啓発
 次に住民への広報・啓発の重要性について述べます。「サラ金会社への毎月の返済を怠ってはならない」という気持ちから多重債務者は自転車操業を続けています。
 明るい展望が開けない中での孤独な自転車操業ですので、うつになってしまう人も多いのです。そのような人も「多重債務は解決できる」というメッセージを自治体などから得て、多重債務が解決できれば、生活が立て直せます。
 自殺に結びつく原因にはいろいろあり、多重債務もその一つ。他の原因に比べると、多重債務は相談した後で結果が劇的に好転するという特徴があります。
 多重債務については「相談すれば助かりますよ」という住民への広報・啓発に大きな意味があるのです。
 こうした広報・啓発で自治体が一番活用しやすいのは、自治体の広報紙でしょう。多重債務の解決法や相談先をやさしく解説する特集を掲載するのが一番効果的です。盛岡市や愛知県岩倉市、岐阜県山県市などがこうした特集を自治体広報紙に載せたことがあります。
 ほかにも広報の道具はいろいろです。記者クラブでの発表や資料配布を通じて新聞記事で多重債務問題を啓発してもらうのも効果的です。住民に広く配布されるフリーペーパーに多重債務問題の記事を掲載してもらうのも効果があります。
 自治体のホームページも有効活用すべきです。ホームページの場合は、情報量が相当多くなっても整理された形であれば、それを読む人に大いに参考になります。
 多重債務の解決法については名古屋市消費生活センターのホームページがよくできていると言われていますので、参考にされたらいいでしょう。
 多重債務問題をテーマにした講演会を開くのも住民への啓発につながります。 
 多重債務相談窓口の受付電話番号を語呂合わせで多くの住民に知ってもらおうと努力されている自治体もあります。
 埼玉県桶川市の窓口の電話番号は、市外局番の後の番号が786・3450となっています。
 これを「悩む人、皆市役所へゴー」と読むのだそうです。ちょっと苦しい気もしますが、住民に対する「とにかく相談してもらいたい」という気持ちが表れており、評価されるべきでしょう。
 神奈川県は多重債務サポートダイヤルを設けており、その電話番号の最後の4ケタは1881です。「いち早い」と読むのだそうです。「とにかく早く相談してほしい」という気持ちが籠もっています。

 (4)都道府県の多重債務者対策協議会
 続いて、都道府県の多重債務者対策協議会についてです。この協議会は、それぞれの都道府県についての多重債務対策の要で、役割は非常に重要です。
 県庁、県警、県弁護士会、県司法書士会など参加メンバーの大半が県単位の組織です。これらが緊密に協力しあい、真剣に議論して多重債務対策を検討していけば、効果のある施策が打ち出せます。
 弁護士会や司法書士会の多重債務問題への取り組み度合いや、多重債務案件に精通した弁護士、司法書士の数が十分かどうかは都道府県ごとに異なります。
 実績のある多重債務者支援団体があるかどうかも、対策を進める上で十分に考慮されなければなりません。実績のある団体を協議会に参加させていない県もありますが、これは大変に惜しいことだと思います。
 そういった地域事情を考慮して、対策協議会はその都道府県の独自の多重債務対策マニュアルを作るのが賢明です。
 自治体の職員・相談員が法律家を紹介するときのルールなどをマニュアルにはっきり示しておきます。それを域内の市町村担当者や法律家らが活用していくわけです。
 宮城県や岩手県などが独自マニュアルを作っており参考になります。
 自治体から紹介されて多重債務案件の処理に当たる法律家リストを昨年、多くの弁護士会や司法書士会が作りました。これの活用の仕方なども対策協議会で話し合っていくのがいいでしょう。
 京都司法書士会は、リストに挙げた司法書士を事務所の所在地別に整理して司法書士会のホームページに掲載しています。この形式は、住民にも自治体の多重債務相談窓口にも非常にありがたいものなので、多くの弁護士会や司法書士会が後に続くよう、対策協議会の場でも実現に向けた議論をするといいでしょう。
 多重債務者の中にはパチンコなどのギャンブル依存症の人がいます。こうした人については、多重債務の法的解決だけではなく、依存症を治すことが決定的に重要です。
 各地にギャンブル依存症からの回復プログラムを実施している民間団体もありますので、対策協議会は連携しくことができる団体はないか、研究しておくべきでしょう。
 自治体の多重債務相談窓口では、相談者に簡単なパンフレットなどを渡すこともできます。ヤミ金融のおそろしさを分かりやすく示したパンフレットや多重債務の解決法の概略を解説したパンフレットなどです。
 自治体の窓口で、家計管理の基本を説明するパンフレットを渡すことも有意義です。盛岡市は簡単な家計簿についてのパンフレットを相談者に配布しています。
 首都圏の学者や法律家らがメンバーの「多重債務者問題研究会」というグループは「自立のための家計管理プログラム」というパンフレットを作製してホームページに掲載しています。
 自治体が多重債務対策を進めていく上の準備で非常に重要なのは、多重債務問題とは何かや多重債務の解決法についての職員研修です。
 県単位の多重債務者対策協議会でこれの実施方法も考え、弁護士会や司法書士会に講師派遣などで協力してもらうのがいいでしょう。県職員や市町村職員を集めて弁護士さんらに解説してもらうといった形です。
 同じ県内の市や町であれば、その県の弁護士会や司法書士会など共通の相談窓口が多いです。そのため、多重債務の解決法や相談先を解説する市町村の広報紙やチラシの内容も、県の多重債務者対策協議会で考えていくのが合理的でしょう。

 (5)自殺対策協議会との連携
 国や自治体は今、自殺対策にも力を入れています。自殺対策の協議会が都道府県ごとにできてきたところです。多重債務対策は自殺対策につながるので、都道府県単位の自殺と多重債務の二つの対策協議会は連携して施策を進めていくべきです。
 自殺対策はうつ対策の要素が強く、精神医療の関係者が多くかかわっています。多重債務対策は法律の関係者が多くかかわっているので、両方の関係者が連携していくことで大きな成果が得られると予想されます。

 (6)無料相談事業
 多重債務の潜在的相談需要を吸い上げる作戦として、多重債務110番とか多重債務相談会を行う手法があります。
 多重債務対策に先進的に取り組んだ岐阜県は、県弁護士会や県司法書士会の協力を得て、110番や相談会を繰り返し実施。住民への広報にも努めて実績を上げてきました。
 それを参考にして、政府の多重債務者対策本部や全国の自治体、日本弁護士連合会、日本司法書士会連合会が協力して実施した事業が、昨年12月中旬の全国一斉多重債務者相談ウイークです。
 都道府県ごとに、多重債務者対策協議会が中心になって準備しました。その結果、全国でおよそ6100件の相談が寄せられました。
 問題は、都道府県ごとに相談件数に大きな差が生じたことです。対策協議会ごとの取り組みの熱意の差がそのまま表れたという面は否めないようです。
 相談件数の第1位は北海道で、第2位が秋田県です。人口の割合から行けば、秋田県が断然トップで413件です。
 秋田県は、自殺対策に官民上げて熱心に取り組んでおり、多重債務対策にも熱心です。
 相談ウイークについても、対策協議会のメンバーでしっかり準備し、住民への広報も熱心に行い、地元の地方紙が多重債務対策を大きく取り上げてきたこともあって、相談件数が伸びました。
 秋田県の取り組みが早くも大きな成果を上げたことも強調しておきたいと思います。秋田県警によると、秋田県内で自殺した人は2006年が493人で、20007年は417人です。約16%の減少です。この自殺者のうち経済・生活問題が原因だった人は2006年が150人で2007年は92人です。約39%の減少です。多重債務など経済・生活問題が原因の自殺者が減ったことが全体の自殺者数も大きく押し下げたことは明らかです。
 それぞれの都道府県の多重債務対策協議会で、相談ウイークの結果について取り組み方が十分だったのか、しっかり検証しておく必要があります。相談件数が少なかったのであれば、なぜなのか、原因を突き止めておく必要があるでしょう。

 (7)法律家の数の問題
 地方の県では、多重債務の案件処理に取り組む法律家の数がどうにも足らないというところがあります。そういった県では、どう克服していくかを対策協議会で真剣に議論していく必要があります。
 また、県庁所在地には法律家は数多くいるが、県内でも県庁から遠く離れた地域では法律家が足らないという県も多いです。そういった県でも対応策を対策協議会で考えていかなければなりません。
 場合によっては、そういった地域への法律家の誘致活動も必要でしょう。法律家が全体として足らないという県は、相談需要の伸び方を見て、隣の県からの応援も考えなければならないでしょう。多重債務者対策協議会は、そういったことまで議論する場にすべきです。

 (8)その他
 このほかにも、多重債務者対策協議会の課題はいろいろあります。ヤミ金融業者の摘発を効果的に進めていく方法は、県や県警、弁護士会、司法書士会などで考えていかなければなりません。若い人たちが多重債務者にならないようにするための金融教育の進め方も、対策協議会が検討すべきことがらです。
                                         以上