第2回期日03年8月20日(水)10時〜
平成15年(行ウ)第10号住基ネット削除申請却下処分取消請求事件
                     原告   寺 町 知 正
          被告   岐阜県知事梶原拓
 
   準備書面(1) 
                          2003年8月18日
岐阜地方裁判所 民事2部 御中
                         原告  寺  町  知  正
                     TEL・FAX 0581−22−4989
 原告の主張を述べる。
 処分性の有無等被告答弁書に対しては改めて反論する。

第1 本件条例は自己情報コントロール権を実現するために制定された
1, 自己情報コントロール権の保障
 憲法第13条の保障する人格権の一環を成すプライバシーの権利は今日では「自己情報コントロール権」を意味する。すなわち、「自己の情報を暴露されないだけでなく、特定の目的のために提供した情報が本人の関知しないところに流通し、利用されたりしないこと」、また「本人からの開示、訂正、削除、利用停止等の権利が保障されること」が要請されている。
 そして個人情報の取り扱いに自己情報コントロール権の保障が貫かれるべきことは、国際的にも、すでに1980年OECD勧告における8原則(目的明確化の原則、利用制限の原則、個人参加の原則など)として、より具体的に公認されている(OECD勧告等については、後日述べる)。
 本件条例が第1条《目的》で「個人情報の開示及び訂正を求める個人の権利を明らかにし、個人の権利利益を保護する」と規定したのは、日本国民としての基本的人権として、憲法第13条による国民個々人の「幸福追求権」そこに含まれる個人的事柄についての自己決定権があるからである。
 このように、本件条例は、憲法第13条に基づく「自己情報コントロール権」の保障を目的として制定されたものである。

2, 共通番号制
 全国民を番号により特定し、その番号をさまざまな分野の共通番号として利用することによって、国家が国民の行動を監視し、あるいは監視することを可能ならしめる制度は、主権者たる国民の個人的な情報を国家が包括的に管理するものであって、国家に対し国民が個人として尊重されると定め、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利を保障している憲法第13条に違反する。
 
3, 住基ネットの多目的利用と安全確保
 私たちは、日常生活において氏名や住所を誰にでも開示するわけではない。むしろ最近では、それらの情報の取り扱いに、より慎重になってきている。 氏名や住所等の基本4情報は、そもそもそれ自体がプライバシー保護の対象であり得る。しかし、問題はそれにとどまらない。それらの情報に「住民票コード」が付されると、事実上いわゆる個人データ・ファイルが成立する。このことは、プライバシー権保障の観点から見て、氏名や住所の開示以上に深刻な問題を提起するだろう。
 2002年8月5日の第一次稼動の時点において当初は93事務であった住基ネット利用事務は、4ヵ月後の12月時点で、旅券申請、自動車登録、不動産登記、厚生年金や国民年金の支給などを含む264事務にまで拡大されており、今後もその拡大が予想されている。また、「基本情報」を前記6情報に限定する歯止めは住民基本台帳法上存在しないため、基本情報の拡大に関する懸念も払拭できない。そのような状況のもとで、電算化された各種の個人情報が「住民票コード」により一括管理されれば、収集当初は市区町村や都道府県、あるいは国の機関に分散している個人情報であっても、いわゆる「名寄せ」により、それらを結合することは極めて容易となる。
 もとより、例えば運転免許証番号のように、以前から電算化されて管理される個人コードは存在したが、これは運転免許という特定の目的に応じて個別に付された番号であり、運転免許に関わる事項以外の個人情報がそれに付加されるわけではない。これに対し、住民票コードは、全住民を対象とし、利用事務の範囲も法令の改正により将来的には無制限である点で、単一の番号の下に個人情報を蓄積することが可能となる。これは、前述のように、個人データ・ファイルを作成することに他ならない。この点で、統一システム上の共通番号である「住民票コード」は、既存の付番システムとは決定的に性格を異にしているのである(下記第5で引用する目黒区答申4頁下段から5頁上段)。
 基本4情報を完全なプライバシー情報と考えないという住基法の大前提そのものが再検討されねばならない限り、「安全確保」は名目的なレベルにとどまるのである。

4, 本件条例第6条(収集の制限)、第7条(用及び提供の制限)
 本件条例第6条が収集の制限を、同第7条が利用及び提供を原則的に制限しているのは、憲法第13条による個人の自己情報コントロール権の原理を制度的に保障するしくみとして不可欠だからである。住基法によって住民票6情報の住基ネットへの接続が法定されていることは、条例で外部提供を認める「法令の定め」に当ると読むべきではなく、例外的に外部提供を許すには、憲法原理を実現する保護条例のしくみと同等程度の法令制度でなければならないと解すべきである。

第2 住基ネットの法的問題
 (下記1ないし4(1)は、下記第3の長野県報告骨子を準用して主張する)1, 住民基本台帳ネットワークシステムの仕組み 
 2002年8月5日に第一次稼動を開始した住民基本台帳ネットワークシステムの運用に関する法的根拠は住民基本台帳法にある。言い方を換えれば、住基ネットは住民基本台帳管理業務の一部分という、法律上の位置づけになる。 
 住民基本台帳管理業務の主体は市町村であり(1条、3条、5条)、そのため市町村長は個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳を作成しなければならない(6条1項)。住民票に記載すべき事項は7条に法定されており、住基ネットによる管理利用の対象となる「本人確認情報」(氏名、生年月日、性別、住所、住民票コード、変更履歴)(30条の5第1項)は、住民票情報の一部(7条1号、2号、3号、7号、13号、14号)である。これまでの住民基本台帳法に規定がなく、住基ネットとの関連で新たに設けられることになったのが住民票コード(11桁の番号)である(7条13号)。 
 住民票コードは、本人の意思とは無関係に、市町村長がひとりひとりの住民(日本国籍を有する者)に一方的に附番して、本人に通知することになっている(30条の2)。住基法が住民票コードの告知要求制限規定(30条の42)を設けているからすると、住民票コードは秘密扱いである。
 市町村長から都道府県知事に住民票コードを含む「本人確認情報」が通知される(30条の5第1項)。そして都道府県から国の行政機関等へ「本人確認情報」を提供する(30条の7第3項)。但し、都道府県から国の行政機関等へ提供事務は「指定情報処理機関」に委任することができ(30条の10第1項3号)、全国すべての都道府県が「指定情報処理機関」である財団法人地方自治情報センター(以下「地方自治情報センター」という)に上記事務等を委任している。

2, 立法事実はない 
 住基ネットの立法事実について見ると、総務大臣の説明によれば、住基ネットは、全国の地方自治体の希望でつくった全国の地方自治体が管理する仕組みであって、国が支配するというようなものではない。ここで重要なのは、住基ネットが全国の地方自治体の希望で作られたという事実である。この事実があるのであれば、全国の市町村がすべての管理責任と費用を負担する住基ネットという仕組みを作ることは立法事実としては特に問題はなく、住基ネットを作ることを前提とした問題点が検討されるべきことになる。 
 しかし、立法事実に関する総務大臣の説明が真実でないなら、立法事実が存在しないのであるから住基ネットの法制化そのものが間違いであったという根本的な問題になる。この点に関して、総務大臣は、いつどこの市町村が住基ネットの制度化を望んだのか一切明らかにしない。 
 日本弁護士連合会が行った3回にわたる全国市町村アンケート調査(2001年11月、2002年6月、同年9月)でも、当審議会の長野県内の市町村アンケート調査(2003年1月)でも、圧倒的多数の市町村が住基ネットに懐疑的ないし否定的な評価をしている。全国の地方自治体が国に対して住基ネットの法制化を求めた形跡はない。国民に至っては、2002年8月5日の第一次稼動の直前になるまで住基ネットのことを知らなかったという人が大半である。住基ネットの法制化に向けての立法事実はない。

3, 市町村及び都道府県の法的責任 
 住民基本台帳事務は「自治事務」(地方自治法2条8項)である。住基ネット事務は住民基本台帳管理事務の一内容として規定されているものであるから、市町村の自治事務である。 
 しがって、住基ネットの関連法令の解釈運用、住基ネットの管理運用は市町村の責任において行うべきことになるとともに、管理運用費用も市町村の負担となる。
 都道府県は住基ネットの管理主体でもあるから、市町村の責任とは別に、都道府県独自の管理責任がある。地方自治情報センターに対する監督命令権限(30条の22)や、同センターへの報告要求・立入り検査権限(30条の23)、本人確認情報の安全確保義務(30条の29)などのほか、当該都道府県内の市町村相互間の連絡調整や必要な協力もすべきものとされている(30条の7第9項・10項)。市町村に対する法的な命令権限はないが、都道府県が市町村のために働くべきことが制度上予定されている。 

4, 2003年5月23日に成立した個人情報保護関連5法との関係 
 (1) 個人情報保護法制の充実は、20年以上も前から指摘されてきたことであり、全国の多くの自治体が個人情報保護条例を制定してきたことだけを見ても明らかなように、住基ネットとは直接なんらの関係もない。住基ネット法案を作成した立場の人からでさえ、個人情報保護は住基ネット法案(住基法の一部)で十分だという説明がなされているほどである。 
 これに対して、住基ネットから離脱している、あるいは個人選択制を採用している地方自治体が指摘しているのは、個人情報保護法制さえできていないのに住基ネットを稼動させるのは問題だということであり、「個人情報保護」という名称のついた法律が成立しさえすれば接続するという形式論を言っているのではない。住基ネットがかかえている問題は、「個人情報保護」という名称のついた法律が成立するか否かなどではない。住基ネットへの接続ないし全面的な接続は、各市町村長、各都道府県知事が危険だと考える問題が解決されているか否かにかかっているのである。

 (2) 個人情報保護法および行政機関個人情報保護法における個人情報の保護措置(下記第5の目黒区答申7から8頁の趣旨を準用して主張する) 
 ア, 住民基本台帳ネットワークの実施主体は行政機関であり、改正された住民基本台帳法における個人情報の保護措置に関する一般法は、行政機関個人情報保護法であって、主に民間を規制する個人情報保護法は、直接には関係がない(住基法上、住民票コードの民間利用は禁止されている)。その意味では、行政機関個人情報保護法における個人情報の保護措置が適切であるか否かこそが、「個人情報の保護に万全」が期されているかどうかの判断を左右する。
 この観点から行政機関個人情報保護法を検討すると、同法では、(ア)適正取得のルールが課されていないこと、(イ)思想・信条などに関わるセンシティブ情報の収集禁止原則が定められていないこと、(ウ)本人情報の開示・訂正権などの例外が広く認められていること、(エ)利用目的の変更や目的外の利用・提供が広範に認められていること(オ)同法は当面施行にいたっていないことなど、その規制内容が、本来、個人情報保護法よりも厳格であるべきはずであるにもかかわらず、緩和されていることが、一般論として指摘できる。

   イ, 住民基本台帳法との関係において、その問題点は次のようである。行政機関個人情報保護法2条3項は、「保有個人情報」を、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した個人情報であって・・・・・・、行政文書(行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)第2条第2項に規定する行政文書をいう。以下同じ。)に記録されているものに限る」と定義する。この場合、各自治体の外部接続により形成されたネットワークを通じて、国の行政機関が,当該情報を「参照」するだけであると解せば、「保有個人情報」に該当せず、国に対する開示等の請求はできないこととなる。この点、住民基本台帳法上は、異議申立てが認められる可能性が低い。それゆえ、まさに「所要の措置」が期待されるはずだが、その点に関する住民基本台帳ネットワークと行政機関個人情報保護法の関係は、極めてあいまいといわなければならない。

   ウ, 行政機関個人情報保護法には、収集制限が明記されていない。3条1項は、保有の制限をいうのみであり、これでは個人情報の保護に充分であるとはいえない。この点、本件個人情報保護条例は、6条1項及び2項で適正収集の原則、同3項で収集の制限(本人からの収集)、同4項で収集禁止事項を明記するなど、個人情報の収集制限を明記しており、個人情報保護の観点からみて、はるかに充実した内容のものとなっている。
 また、行政機関個人情報保護法3条3項は,利用目的の変更を「変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲」で認め,本人の同意を得ることを要件としていない。しかもこの場合、「相当の関連性」の有無を判断するのは当該行政機関であるから,判断が厳格になされる制度的な担保は存在しないのである。これでは、利用目的の明示(4条)は形骸化してしまう。
 4条の利用目的の明示に関しても、1号から4号における「利用目的を明示しない場合」の定めは漠然かつ広範すぎて、以下にみるように、例外規定としての役割を果たしていない。(ア)1号の「財産の保護のため」が具体的にいかなる場合を指すのか不明確である。(イ)2号の「本人又は第三者の生命,身体,財産その他の権利利益を害するおそれ」も広範すぎて、限定の役割を果たしていない。(ウ)3号の「事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」は,そもそも本人に利用目的を示すこと自体が一般的に支障を生じさせる可能性があることを考えると、利用目的を明示しないことが広範囲に正当化される結果となりかねない。(エ)4号は「取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められるとき」は、あえて目的を明示しないという立場をとる。これはしかし、行政の便宜だけを強調しすぎている。「取得の状況」は様々であり,行政機関内部でも利用目的を限定するはずであるから,利用目的を本人に明示することには然るべき意味があるはずである。
 8条は、利用・提供の制限を定めるが、同2項2号および3号は、職務の遂行上必要があれば、個人情報の目的外利用を認めている。この場合、「必要な限度」「相当な理由」等の要件が課されるが、その有無は行政機関自らが判断するので、実際には、利用制限の歯止めになりえない。むしろこれでは、行政機関が住民基本台帳ネットワークにおける個人情報の利用を事実上自由に行いうることにすらなってしまう。自己情報コントロール権の保障という見地からすれば、本人の知らない間に個人情報が流用されることを防止し,正確性を確保(5条)するために,必要な情報は、改めて本人から取得することが、制度本来のあり方である。仮に、目的外利用を認めるとしても、本人に対し、事前に新たな利用目的と利用する行政機関を通知し,併せて利用停止請求権(36条以下)を行使する機会を保障すべきである。しかし、こうした制度は同法上存在しない。
 この他、14条の個人情報の開示義務には、1号から7号までの広範な適用除外事項が定められ、27条以下の訂正請求権についても、訂正は、訂正請求があった日から30日以内(31条1項),または60日以内(同条2項),さらに「相当の期間」(32条)延期されることがあり,その間は,訂正の対象となった個人情報が流通することを阻止できないこと、また、結果として訂正請求が認められても,当該誤情報がどこに存在しているか探知できず、「行政機関の長」が「必要があると認めるときは」「当該保有個人情報の提供先に対し」「通知するものとする」(35条)にとどまるなど、個人情報保護の見地から看過することができない点が多々存在する。

   エ, 個人情報保護法においては、民間業者に対して、行政機関個人情報保護法よりも厳しい義務が課されているが、前述のように、この点は、住民基本台帳ネットワークと関わりがないはずである。他方、行政機関に対しては、行政機関個人情報保護法よりも一層緩やかな義務規定が存在するだけで、個人に対し、自分に関する情報をコントロールする権利を保障するという視点は希薄である。それゆえ、同法は、住民基本台帳法附則にいう「所要の措置」と呼ぶにふさわしい内容を充分に備えているかどうかが法解釈の問題になりうる。

   オ, 以上、2003年5月に改正ないしは制定された行政機関個人情報保護法および個人情報保護法は、自己情報コントロール権の保障という観点からすると、多くの問題点を残している。実際、本件個人情報保護条例のほうが、内容において法律よりも数段優れているのである。個人情報保護に関する岐阜県の実施機関の責任は、個人情報保護法の成立によって、同法の水準に低下したのではなく、従前通り存続し続けている。

5, 日弁連は、離脱は合法との意見書を発表した
 2002年12月20日、日本弁護士連合会は「当連合会は、住民基本台帳ネットワークシステムの稼動停止を求めている。十分に実効性のある個人情報保護法制の整備がなされていない現状において、市町村が住基ネットから離脱することは合法である。したがって、離脱が違法であるとして、これを阻止ないし牽制することは妥当ではないと考える。」との意見書を発表した(甲第4号証)。

第3 長野県の住基ネットからの離脱決定の経緯
1, 長野県は、2003年8月15日、住基ネットからの離脱方向を発表した(甲第5号証)。
 これは、昨年来、県内の市町村の状況等を詳細に調査し、その結果として広い意味での長野県の離脱方向を表したものである。

2, 長野県本人確認情報保護審議会第1次報告
 長野県本人確認情報保護審議会は、2003年5月28日付けで、長野県本人確認情報保護審議会第1次報告をまとめた(甲第6号証)。
 報告の結論は、次のようである。

 現段階における長野県内の市町村の住基ネット管理の実情は、個人情報保護が十分になされる体制になっておらず、かつ、これを直ちに解決することが極めて困難であることが明らかとなった。現段階における長野県内の市町村の住基ネット管理の実情の深刻さと緊急性に鑑みたとき、県が速やかに行うべき「必要な措置」として下記の結論を報告することにした。 

 1,県は、県民の個人情報保護の観点から、当面、住基ネットから離脱すべきである。
 2,県は、市町村が独自の判断で緊急の「必要な措置」として住基ネットから離脱しようとする場合には、これに協力すべきである。 
 3,県は、県内市町村長及び各市町村の住基ネット担当職員と、実情に関する理解を共通にする努力をすべきである。 
 4,県は、県民に対して県内の住基ネットの実情を知らせる機会を設け、県内の住基ネットの実情に関する理解を共通にするよう努力すべきである。
 5,県は、他の都道府県に対して、住基ネットの問題点について共通理解を広め、他の都道府県とともに国に対して、住民基本台帳法の改正を含めて、今後の住基ネットの運用について根本的な見直しをするよう働きかけるべきである。

第4 逗子市は削除申請を却下せず、個人情報保護委員は削除を求めた
1, 逗子市は、市民の「民票コードの削除と本人情報の他の公共機関への提供中止」との申請を却下しなかったものの削除は認めなかった。当該市民が逗子市個人情報保護条例第27条2項の規定に従い個人情報保護委員に不服を申出たことに対して、個人情報保護委員は2002年11月13日付けで削除を求める意見書を市長に提出した。逗子市個人情報保護条例27条9項1号に定める個人情報保護運営審議会と個人情報保護委員の合議の結果として、条例に従って意見書がまとめられたものである(甲第7号証)(逗子市の規定27条で、保護委員が審査することとされている)。
 保護委員は、(1)住基ネットの憲法上の問題の有無、(2)住基法付則1条2項に定められた「個人情報保護のための所要の措置」が講じられているかどうか、(3)「措置」が講じられていない場合の法的効果、(4)1〜3を踏まえたうえで、住民票コードの割り当て(付番)や通知が市の個人情報保護条例に反しないかどうか、の4点について検討した。
 意見書はA4判で31ページで、1996年の旧自治省研究会の報告書にまでさかのぼり、住基ネットをめぐる事実経過を検証している。稼動前後のトラブルなどの分析から、「市町村の多くは、住基ネットの実務上の準備に追われて、個人情報保護のための制度的・技術的検討まで手が回らなかったところが多い」とし、「住基ネットは全国を結ぶシステムであり、他の自治体に不備があれば、それにより逗子市民の個人情報も危険にされされる」と分析。附則1条1項は附則1条2項の措置がとられることを条件として施行時期を決めたものと解すべきであり、付則1条2項の「所要の措置」は、「個人情報保護法の未成立をはじめ、いかなる意味でも講じられたとはいえず、住基ネットは施行のための条件を欠いていた」と断定している(答申25頁)。
 そのうえで、住基法3条1項や36条の2で、住民情報の適正・適切な管理が義務付けられる市町村長は「住基ネットへの不参加、離脱が認められるべき」としている。
 意見書はさらに、地方自治体の主体的判断で参加・不参加を決められることによって、同市の条例上、住基ネットの規定が「法令」にあたらなくなり、住民票コードの情報提供の根拠は成立しないと判断。中止請求を拒むことはできないとの結論を出している。

2, 意見の内容は、証拠説明書(1)に要約する。

3, 逗子市個人情報保護条例の規定
 逗子市個人情報保護条例(甲第8号証)第29条1項は、本件訴訟の争点である《他の法令との調整等》の規定を有し、本件岐阜県条例第27条5項と同旨の文言、即ち「他の法令又は条例の規定により個人情報の開示、訂正、中止又は削除の手続きが定められている場合における当該個人情報の開示、訂正、中止又は削除については適用しない」とされている。
 しかし、逗子市及び審査会・委員は住民基本台帳法第30条の40の存在による却下処分(本件被告主張では申請不受理)とはしていない。 
 上記答申でも、この点に関する市の対応を問題視していない。
 削除、中止請求については、条例10条1項の法令の意義について「単に利用又は提供の根拠を与える規定であり利用又は提供そのものは任意的である場合は含まない」とされている、したがって、現時点における住基ネットの規定はここに言う法令には当たらず、提供の根拠とはならない(答申29頁下段)としている。

第5 目黒区は削除申請を却下せず、保護審査会は利用中止を求めた
1, 目黒区は、区民の利用中止、削除請求を却下しなかったものの利用中止や削除は認めなかった。よって区民が異議申立したことに対して、目黒区情報公開・個人情報保護審査会は利用中止を答申をした。
 目黒区の情報公開・個人情報保護審査会(会長、東京都立大学名誉教授兼子仁および憲法学者の委員2人)は、2003年7月17日付けで、個人情報保護条例に基づいて、@区民から住民票情報の住基ネットへの接続を中止することを求めた「自己情報利用中止請求」について、区長は認めるべきであること、A自分の「住民票コード」の削除を求めた請求は、接続が中止されるのだから区長は認めなくてもよい、と答申した(甲第9号証)。

2, 答申の要点は証拠説明書(1)にまとめる。

3, 目黒区個人情報保護条例の規定
 目黒区個人情報保護条例(甲第10号証)第29条1項は、本件訴訟の争点である《他の法令との調整等》の規定を有し、本件岐阜県条例第27条5項と同旨の文言、即ち「他の法令の規定により、自己情報の開示の請求・訂正の請求・消去等の請求・利用中止の請求その他これらに類する請求についての手続が定められている場合については、適用しない。」とされている。
 しかし、目黒区は住民基本台帳法第30条の40の存在による却下処分(本件被告主張では申請不受理)とはしていない。
 さらに、上記答申は、この点に関して、下記のように法令解釈を示している(答申7頁17行目から8頁4行目)。

 自己情報コントロール権の保障という観点からすれば、本人確認情報の開示請求権はきわめて重要である。法30条の37第1項・2項ならびに30条の40は、この点に関わる定めをおくが、0ECD原則の<6>−<8>とは、似て非なるものである。ここでの「権利」は、以下に見るように、自己情報開示・訂正請求権の保障と呼ぶに値する実質を備えていない。まず、開示対象は、本人確認情報の記録された磁気ディスクに限定されている。本人確認情報がいかなる機関に提供されたのか、それ以外の情報を都道府県や国、指定情報処理機関が保有していないかどうかといった、「自己情報コントロール権」の核心をなす点が欠落しているのである。また、仮に本人確認情報に誤りがあっても、それを訂正する権利も認められていない。訂正の申し出があれば、遅滞なく調査し、その結果を通知する旨規定されているだけである。
 0ECDの<6>から<8>の原則は、それぞれ、<6>個人データは正確で完全、最新のものであること、<7>個人データをめぐる情報政策の公開原則―いかなる個人データを誰が保有しているかを容易に知りうること、<8>自己情報開示請求権と開示が拒否された場合の異議申立て権の保障、申立てが認められた場合の削除ないし訂正等の請求権保障を内容としている。彼我の差は、一見して明らかといわなければならない。
 法30条の41および36条の3に定める苦情処理に関しても、大いに問題がある。これは、0ECD原則の<8>に関連するが、ここでも、単に本人確認情報の取扱いに関する苦情を、適切かつ迅速な処理に努めるべきことが謳われているだけで、権利保障の視点は欠けている。なお、個人情報保護条例等が制定されている自治体では、自己情報の開示、訂正、削除等が認められない場合、通常は、条例で予定された異議申立てを行うことができる。また、住基法上も、市町村長の処分については、都道府県知事に対して審査請求をすることができる(31条の3)。しかし指定情報機関および国に対しては、おそらく処分性の不存在等を理由として、行政不服審査法上の異議申立てが認められる可能性は低いだろう。個人情報が送信された先における利用状況のコントロールは、きわめて困難なのである。
 以上見てきたように、改正住基法の本人確認情報の保護措置は、20年以上前に作られた0ECD原則の水準すら充たしておらず、住基ネットの運用に寄せられるさまざまな疑問や不安を解消するものとなりえていない。

第6 藤沢市は削除申請を却下せず、個人情報保護審査会は削除を求めた
1, 藤沢市は市民の削除申請を却下しなかったものの削除は認めなかった。異議申立によって諮問された藤沢市個人情報保護審査会は、外部提供を中止し、データを削除するよう2003年7月31日付けで答申した(甲第11号証)。

2, 答申の要点は証拠説明書(1)にまとめる。

3, 藤沢市個人情報保護条例の規定
 藤沢市個人情報保護条例(甲第12号証)第33条1項は、本件訴訟の争点である《他の法令との調整等》の規定を有し、本件岐阜県条例第27条5項と同旨の文言、即ち「個人情報の記録の開示、訂正、削除又は目的外利用等の差止め若しくは中止について他に定めがある場合は、その定めるところによるものとする。」とされている。
 しかし、藤沢市は住民基本台帳法第30条の40の存在による却下処分(本件被告主張では申請不受理)とはしていない。
 上記答申でも、この点に関する市の対応を問題視していない。

第7 西宮市情報公開・個人情報保護審査会は市の削除申請却下を違法と認定
1, 西宮市情報公開・個人情報保護審査会は、市民の削除申請を当初、市が却下したことは違法であると認定した(削除は認めなかった)。

2, 経過と答申の要点
 (1) 市民が02年8月19日付けで西宮市個人情報保護条例に基いて「住基ネットに接続された個人情報を削除すること」とした請求に対して、市長は、同年9月13日に「請求には応じられません」と通知した。
 市民は、10月16日に「異議申立書」を提出し、西宮市個人情報保護審査会で審議された。
 03年2月25日の審査会の答申の結論は「西宮市長が、・・・当該請求を認めない決定をした処分は妥当である」というものである。

 (2) 審査会は、西宮市個人情報保護条例25条(他の法令との調整、いわゆる適用除外)に関しては、次のように判断をしている。
 「実施機関は、当初、申立人の請求に対して、条例第25条の規定により本条例は適用しないとして、当該請求を認めない(応じない)決定を行なっている。しかしこれは条例の解釈を誤ったものといわざるを得ない。条例第25条の趣旨は、他法令においてすでに個人情報保護措置が定められている場合には当該規定によるべき旨を定めたものである。住民基本台帳法は、第30条の40において自己の本人確認情報の訂正等の規定をおいているが、本件で問題となったようなオンライン結合の制限規定もその是非について争う手続規定も有していない。したがって、住民基本台帳法における一定の手続規定の存在を理由に、本件請求に本条例を適用しないとした実施機関の当初の決定は、条例の解釈を誤ったものといわざるをえない」

 (3) 同条例11条(電算処理の規制、いわゆる外部接続の禁止)に関しては、次のように判断をしている。
 「条例11条は、実施機関以外のものとの通信回線による結合を原則として禁止しているが、『ただし、市長が第21条に規定する西宮市個人情報保護審議会の意見を聴いて個人情報の保護措置が確保されていると認めるものについては、この限りではない。』と例外を認めている。本件で問題とされている住基ネットへの住民情報の提供は、右の例外規定に基づいて行なわれたものである。そこで、右の例外規定に基づいて提供したこと(オンライン結合を行なったこと)の是非について判断する。
 条例11条は、オンライン結合の禁止の例外として、@『市長が・・・個人情報の保護措置が確保されていると認めるもの』であることを要求しており、さらに、Aそのような市長の判断は『個人情報保護審議会の意見を聴いて』なされるべきことを求めている。しかし、当審査会での実施機関の説明によれば、西宮市個人情報保護審議会の意見を聴いたのは、平成14年11月11日(住基ネットへの結合のおよそ3ヶ月後)であったというのである。これは条例の規定に違反するといわざるを得ない」

 (4) ただし、2点にわたる重大な誤りを指摘しながら、「手続規定の瑕疵は、現段階では治癒されたものと判断」し、個人情報の保護措置について、次のとおり判断した。
 「申立人は、個人情報の漏洩の危険などを主張して、『個人情報が保護措置が確保されていると認める』市長の判断の誤りを指摘している。確かに、申立人が指摘する最近の個人情報の流出の事実などに照らせば、個人情報の保護への危惧を表明する申立人の意見にも聞くべき点があるが、実施機関が主張するように、住民基本台帳ネットワークシステムについて個人情報保護措置が用意されていることも確認できるので、これらの保護措置で『個人情報の保護措置が確保されていると認め』た市長の判断に違法性があるとまでは判断できない」

3, 西宮市個人情報保護条例の規定
 西宮市個人情報保護条例(甲第13号証)第25条1項は、本件訴訟の争点である《他の法令との調整等》の規定を有し、本件岐阜県条例第27条5項と同旨の文言、即ち「法令または他の条例の規定により、個人情報の取扱いに関する手続が定められている場合は、当該取扱いについてはその定めるところによるものとし、この条例は適用しない。」とされている。
 このことに関して、上記答申において、市の当初の却下について、「住民基本台帳法における一定の手続規定の存在を理由に、本件請求に本条例を適用しないとした実施機関の当初の決定は、条例の解釈を誤ったものといわざるをえない」と違法としたものである。

第8 まとめ
 以上の各自治体の答申等からも、本件被告が住民基本台帳法第30条の40の規定の存在を前提にして、原告の請求を受理しなかったこと、もしくは審査しなかったことが違法であることは明白であり、被告の不作為の違法も明白である。  以 上