住基ネットに係る行政訴訟の岐阜地裁の判決(2005年2月24日言渡)の要点

《事案の概要》
 原告が被告に対し、本件条例」という。)20条及び21条に基づき,住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)上の原告の個人情報の訂正を請求したところ,被告がこれを認めない趣旨の処分をし,さらに原告の不服申立に対して却下決定したとして,処分及び決定の取消しを求めるとともに,これらが処分に該当しない場合には,被告が上記請求に対して応答しなかったという不作為の違法確認を求めている事件である。

《第1行為》
 原告が、岐阜県個人情報保護条例に基づいて,住基ネット上の原告の住所,氏名,生年月日,性別及び住民票コードの各情報を削除するように求めたことに対して、被告が、「当該訂正の請求は、条例に基づく請求とは認められません。」と原告に通知した。この被告の通知を「第1行為」という。

《第2行為》
 原告は被告に対し,同条例24条並びに行政不服審査法6条及び同法7条に基づく不服申立てをし,第1行為が行政処分であるときはその取消しを,行政処分でないときは原告のした申請に対する不作為の違法確認を求めた。被告は原告に対し,本件不服申立てを却下するとの決定書を送付した。この決定を「第2行為」という。

《争点》
1,ア 第1行為は「公権力の行使に当たる行為」に当たるか否か。
  イ 上記アが肯定された場合,第1行為が適法であるか否か。

2,ア 第2行為は「行政庁の裁決、決定その他の行為」に当たるか否か。
  イ 上記アが肯定された場合,第2行為が適法であるか否か。

3,  本件請求に対し,被告に違法な不作為が認められるか否か。

《簡単な対照表》
     原告    被告     判決
1,ア  処分だ   事実行為だ 処分である
  イ  違法だ   適法だ    適法だ

2,ア  処分だ   事実行為だ 処分である
  イ  違法だ   適法だ    違法理由の主張が無

3,   不作為だ  応答した   処分だから不作為はない


《主張と判示の要点》
◆1,ア 「第1行為の処分性の有無」
 ◎原告 本件条例を適用して判断しないという意思決定をした旨の通知であるから公権力の行使に当たる行為で処分だ

 ◎被告 請求権がないことを通知した事実行為としての通知であり,意思決定の側面があるとしても原告の権利義務を形成し,その範囲を確定するものではないから,「公権力の行使に当たる行為」ではない。

 ◎判決 一般に,行政庁の行為が処分性を有するか否かを判断する場合において,処分について書面が存在するときは,文書の体裁,作成名義人と処分権者との一致,不一致などが重要な要素である。
 行政庁が違式の行為をし,そのことによって処分性が否定されるならば,違式の行為による不利益を申請者に負担させることとなり,不当である。
 実質的に処分と異ならない程度に行政庁の判断が示されているならば,その行為が実質的には処分であると解される。
 本件別紙1の通知には,次の事実が認められるから,課長名でされたものであっても,実質的には被告による処分であると解される。
(1)第1行為は,決定手続と同様の審議を経て行われていたこと。
(2)形式面も一応整っていること。
(3)原告の申請は,書面により,本件条例の規定による請求であることが明示されていること。
(4)本件書面には,申請に対し,これを認めない旨の行政庁の判断が理由付きで示されていること。
(5)本件書面に記載された理由は,処分の形式で被告がした別紙2において,「不作為」について述べられた理由と同じであり,別紙1が発出された時点で既に内部的に同じ判断がされていたと考えられること。
 以上,本件書面は原告の権利利益を制限する内容であるから,第1行為は形式面に問題があるものの,公権力の行使に当たり,処分性を有する。

◆1,イ 「第1行為の適法性」
 ◎原告 本件条例27条5項の「訂正の手続」とは不服申立手続までを含む一連の手続であると解すべきであり,住基法30条の40には不服申立手続が規定されていないから,本件条例27条5項の「訂正の手続」に当たらない。原告には訂正請求権があるから,同請求権がないとした第1行為は違法である。

 ◎被告 他の法令等により独自の完結した体系的な制度のなかでの訂正制度がある場合は,本件条例で訂正制度を認める必要はない。住基法30条の40は本件条例の「訂正の手続」に該当する。
 原告は,自己の個人情報について誤りがあることを理由として訂正等の請求をしたものではなく,削除を求める法的根拠は全くない。
 住民基本台帳の整備を行う主体は市町村であり,その他の行政機関が住民基本台帳の整備,住民票の記載などを行うこととなれば,統一的に行う住民基本台帳の制度を阻害することになる。

 ◎判決 本件請求に係る情報が記載されているのは,市町村長が作成する住民基本台帳であり,都道府県知事は,市町村長から通知される本人確認情報等を管理している。しかし,住民基本台帳の制度は,「住民に関する事務の処理の基礎とするとともに・・届出等の簡素化を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め、もって住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。」ものであって(住基法1条),住民基本台帳に記載される情報は全国的に統一的な基準で管理されるべきであると解される。
 したがって,住基法が条例に委任しない限り,住民基本台帳に記載される情報の訂正手続を各地方公共団体の条例で個別に定めることは,住民基本台帳の制度の趣旨,目的を損なうことになる。
 原告は,本件条例の「訂正の手続」とは,訂正請求権があり,訂正請求に対する判断に不服があるときの不服申立手続までを含む一連の手続であると解すべきところ,住基法30条の40には不服申立手続が規定されていないから,本件条例の「訂正の手続」が他の法令によって定められている場合に当たらないと主張する。
 本件条例の文言は,「訂正請求権」ではなく「訂正の手続」と規定されており,これは法令又は他の条例が訂正請求権を規定している場合よりも広く,請求権を認めなくても訂正に関する手続を定めている場合を含むと解される。したがって,住基法30条の40の規定は,本件条例の「訂正の手続」に該当するというべきであるから,第1行為は適法である。
 なお,本件条例における情報の「訂正」は,「自己の個人情報について事実に誤りがあると認める」場合に行うものであって,事実に誤りがあるか否かを問わず,住基ネット上から個人情報を全面的に削除することではない。したがって,原告の請求した内容は,本件条例の「訂正」又は「削除」に当たらず,この点からも同請求権がないとした第1行為は適法である。

◆2,ア 「第2行為の処分性の有無」
 ◎原告 本件不服申立ては,行政不服審査法の各要件を満たしており,被告もこれを受理し,第1行為が処分に該当しないこと及び本件請求は本件条例で適用除外されていることを理由として異議申立できない事項についての不服申立であるとして却下したものだ。
 また,第2行為は,行政不服審査法の裁決の方式に適合している。
 したがって,第2行為は,単なる事実行為としての拒否回答ではなく,行政処分としての決定に当たる。

 ◎被告 第1行為が処分に該当せず,本件請求については本件条例の適用が除外されている以上,原告には行政不服審査法に基づく不服申立権がない。
 第2行為は,法に基づかない原告の不服申立に対する事実行為としての拒否回答であり,取消訴訟の対象である行政処分としての決定ではない。

 ◎判決 被告は,第2行為は,法に基づかない原告の不服申立に対する事実行為としての拒否回答であり,取消訴訟の対象である行政処分としての決定ではないと主張する。
 しかし,被告は,本件不服申立を行政不服審査法に基づく異議申立てとして受理しており,第2行為は,形式の面からみても「決定書」と記載され,行政不服審査法の裁決の方式に適合している上,内容の面からみても,争点である本件条例の解釈について第1行為と同様の判断をし,その結果,本件不服申立は異議申立の対象とすることができない事項についてされたものであるとして,これを却下したものであり,原告の本件請求について本件条例が適用されるか否かにつき実質的な判断をしたものである。そうすると,第2行為は,単なる事実行為としての拒否回答ではなく,取消訴訟の対象である裁決と認めるのが相当である。
 なお,仮に本件不服申立が異議申立の対象とすることができない事項についてされたものであり不適法であったとしても,これに対する決定が行政処分性を有しないということになるものではない。
 したがって,第2行為は公権力の行使にあたり,処分性を有する。

◆2,イ 「第2行為の適法性」
 ◎原告  被告は,本件条例の解釈を誤って本件不服申立を却下したが,原告には本件条例の訂正請求権があるから,第2行為は取り消されるべきである。

 ◎被告 第1行為は行政処分に当たらないし,また,本件条例によって適用除外とされており,原告には訂正請求権がないから,第2行為は適法である。

 ◎判決 原告は,第2行為は,本件条例の解釈を誤って本件不服申立を却下したものであるが,原告には本件条例の訂正請求権があるから,第2行為は取り消されるべきであると主張する。
 しかし,裁決取消しの訴えにおいては,裁決における違法事由のうち,原処分を適法とした実体的判断を除いた裁決固有の瑕疵を主張しなければならず,原処分の違法を理由としてその取消しを求めることはできない。しかるに,原告は,第2行為に固有の瑕疵を何ら主張していない。したがって,原告の主張を採用することはできない。
◆3, 「違法な不作為が認められるか」
 ◎原告 原告は,訂正等の請求権を有している。が,被告は何の応答もしていないから,その不作為状態が違法である。
 本件請求が,法令に基づく申請権者によってなされている以上,仮にその内容が認容されないものであっても,行政庁は応答義務を負う。

 ◎被告 原告には訂正等の請求権がないから本件請求は「法令に基づく申請」に当たらない。
  仮に「法令に基づく申請」としても,被告は,第1行為を行い,被告としての解釈を示しており,応答義務を果たしている。

 ◎判決 被告は,原告には本件条例に基づく訂正等の請求権がないので,本件請求は「法令に基づく申請」に該当しないと主張するが,本件請求が法令に基づく申請権者によってなされている以上,仮にその内容が認容されないものであっても,行政庁は応答義務を負うと解するのが相当であるから,被告の上記主張は採用できない。しかし,前記のとおり,第1行為が実質的に処分であると認められ,被告は第1行為により本件請求に対する応答義務を果たしているから,原告には,不作為の違法確認を求める訴えの利益がない。