『本』の誕生秘話 
        −上野さんとわたし−

 ニュースを編集している真っ最中に、生まれてはじめて書いた『本』が届いた。
 とってもよいデキだ。この本をわたしがほんとに書いたのかと、読んでオドロク。1年前、自分が「本を書く」ことになるとはユメにも思わなかった。
 その10年前は「選挙に出る」なんてユメにも思ってなかったのだから、人生なにが起きるかわからない。わからないからこそオモシロイ、とわたしはひとの歩かないデコボコ道ばかり歩いてきたような気がする。
 ひととちがう道を歩いていると、アナに落ちることもあるが、思いがけないひとに出会えるという幸運にもめぐりあう。

 昨年の夏、わが家に一泊し「本を世に出しましょう」と言いだしたのは上野千鶴子さん。きっかけは県民ネットのニュースの記事。  10月、「単著では書けない」と抵抗するわたしを“言葉のプロ”が口説いた。「あなたなら書けます。わたしを信じてください」「わたしはあなたに本を書いてほしい。そのためのお手伝いをしたい。でも決めるのはあなたです」。わたしは書くことを決心した。
 11月、自宅で上野さんと一日がかりで、5部構成約170項目の構成案のメタカードを書いた。わたしが書きたいことと上野さんのリクエストが一致し、できあがった全体像を見て、よい本になると思った。
 幾通りかサンプルを書いたが、採用されたのは苦手なカタイ文体。「わたしを主語にしない」文体になじめず、苦肉の策で自分の経験をヒトゴトのように視点をズラして書いた。 「問いと答はわたしのなかにある」。毎日1章ずつ書くことにした。「書けるときに書いておいたほうがよい」という上野さんの言葉を信じて。
 早朝に起きてスグ集中して無心に書いた。ワープロのなかに吸いこまれるような気がした。けっきょく最後まで変わらないペースで書きつづけ、年内に脱稿した。25日で約400枚。おどろくべき速筆と言われた。
 原稿は学陽書房の編集者の星野さんから超多忙の上野さんの手にわたり、ていねいに手が入ってもどってきた。
 おふたりの一致する感想は「マイナーチェンジばかり」だが「もっとわたしを出してよい」。いまさらそれはないよと思ったが、アドバイスどおり書きなおしたら、みちがえるほどよい文章になった。メールがめんどくさくなり、手書きのFAXが行き来した。約束どおり、上野さんがこの本にかけた時間は、ボーダイなものだった。
 5月、打ちあわせの後、地下鉄の中で上野さんに聞いた。「わたしの本のお仕事はアンペイドワーク(不払い労働)ですね?」
 上野さんは答えた。「いいえ。道楽です。」
 上野さんとの初めての出会いは昔々のこと。 85年に『資本制と家事労働』に出会い、「解放の思想には解放の理論が必要」で「解放の理論は社会の理論を必要とする」という言葉に感動し、上野さんの理論と言葉を学ぶと決めた。さまざまな市民運動にかかわりながら著書を読みつづけ、わたしなりに感じ、かんがえながら、その理論と言葉を、現場の実践のなかに取りいれていった。
 プロデューサー&なづけ親の上野さんはわたしのなかから、多くのものを引き出した。 上野さんがいなければ、本が誕生することは、けっしてなかっただろう。

 『市民派議員になるための本』は、いよいよ10月2日に書店に並ぶ。
 無党派とは何か? 市民派とは何か? わたしなりの答をわかりやすく書いた。
 本のなかには、情報公開や住民訴訟、市民運動の経験やノウハウも。著者のわたしが言うのもヘンだが、議員はもちろん、市民が読んでも、それなりに役に立つ本だと思う。
 手にとって読み、気に入って買っていただければ、もっとうれしい。 (みどり)