二 原告が訴状において、文書の該当件数について述べることができたのは、本件文書全面非公開の告知を県庁窓口にて受けた当日、職員から「非公開とした文書の件数だけ」を「任意に、口頭」で示唆を受けたからである(但し、被告答弁書では数を訂正している)。原告は、本件文書が存在することについては「当該公文書を見る」という意味では未だ何ら確認していない、というのが正確である。
第二 立証責任の転換
ふつうの裁判では、訴えを起こした原告の側で自分の主張が正しいことを主張立証しなければならないとされている。これは誰が誰を訴えることも訴訟手続としては自由であるだけに、身に覚えのないことで訴えられた側(被告)の主張立証の負担を軽くしてやる必要があるということが一般的に言える。
ところが情報公開訴訟では違う。立証責任が転換している。つまり訴えた原告の側で当該処分が違法であることを主張立証しなければ勝てないのではなく、訴えられた被告の側で当該処分が適法であることを主張立証できなければ原告側の勝訴となるのである。実質的に考えても、原告側に主張立証責任を負わせるとなると、原告側は非公開文書の内容がわからないために的確な主張立証ができないという事態が十分に予想され、情報公開制度の公開原則が空洞化してしまうことは明らかである。
このことは本件条例に基づく非公開処分にも当てはまる。本件条例第一条が公開原則を認め第六条第一項で例外的に非公開とすることができるという規定になっている仕組みからして、立証責任は被告側に転換されていると解すべきである。
これまでの情報公開訴訟における原告勝訴の判決書の理由部分において、「被告が非公開事由に該当する事実を具体的に主張していないので」とか、「被告が非公開事由に該当する事実を具体的に立証していないので」という書き方をしているのは、立証責任が転換されていることを端的に示している。
第三 被告の負担
立証責任の転換は実施機関である被告にとって特に負担になるものではない。本件非公開処分が本件条例の解釈運用として合理的なものであるならば、被告は主張立証について特に負担を感じることはないはずである。まして、被告は原告から情報公開請求されたときに、本件公文書のどの部分がどのような理由で非公開にできるかを十分に吟味検討したはずである。その検討の結果が本件処分であることからすると、被告は、本件訴訟の第一回口頭弁論において本件非公開処分の理由をすべて詳しく説明し尽すことができたはずである。
第四 条文の解釈
被告が本件訴訟において主張立証責任を果たしているか否かを検討する前提として、本件条例第六条第一項第一号の解釈について述べる。
本号について個人識別型かプライバシー型かという議論は生産的でない。本号がどのような規定の仕方になっているかが端的に検討されれば足りる。
本号による例外は、「個人に関する情報」(A)であって「特定の個人が識別され得るもの」(B)であることが要件とされている。「A又はB」ではなく、「A+B」でなければならない。
まず(A)に当たる「個人に関する情報」とは、岐阜県作成の『情報公開事務の手引き』(以下、「手引き」という。)によれば(一六頁)、「(1)思想、信条、信仰、意識等個人の内心に関する情報、(2)職業、資格、犯罪歴、学歴、所属団体等個人の経歴、社会的活動に関する情報、(3)所得、資産、住居の間取り等個人の財産の状況に関する情報、(4)体力、健康状態、病歴等個人の心身の状況に関する情報、(5)家族関係、生活記録等個人の家族・生活状況に関する情報、(6)個人の名誉に関する情報、(7)個人の肖像、(8)その他個人に関する情報」とされている。
(8)その他個人に関する情報」という説明がどこまでの広がりを持っているか限界は明確ではないが、(1)から(7)に類するものと考えるのが常識的であろう。
手びきの趣旨欄で「本号は、個人のプライバシー保護を主要な制定趣旨とする」とし、解釈・運用欄で「個人に関する情報は、一度公開されると、当該個人に対して回復し難い損害を与えることがある。
したがって、個人のプライバシー・名誉毀損等の人格権的利益を最大限に保護する」としていることからすると、本号の目的が「基本的人権」であるところの「個人のプライバシー」の保護にあることは明らかである。ただその限界を明確に画することが運用上困難だろうと考えて本号のような規定の仕方になっているのである。そうである以上、「(8)その他個人に関する情報」は前記のような解釈こそが本号の解釈として正しいと言える。
次に(B)に当たる「特定の個人が識別され得るもの」とは、手引きによれば(一六頁)、「特定の個人が直接識別される情報(住所、氏名等)はもとより、公文書に記載されている情報からは直接特定の個人が識別されなくとも、他の情報を組み合わせることにより、特定の個人が識別され得る情報を含む」とされている。
被告は「個人に関する情報」である事だけでなく、同時に、「特定の個人が識別され得るもの」であることを主張立証しなければならない。
第五 被告答弁書の条例第三条及び第六条第二項に関する主張への反論
条例第三条は公開に当たっての抽象的原則論を示したもので、具体的な非公開部分の規定は第六条第一項各号によることは当然である。
第六条第二項の個人情報保護への配慮について、一般に個人情報保護条例は「個人に関する情報の自己情報コントロール権」を規定したものであり、岐阜県のそれも同様である。個人情報保護条例と情報公開条例とは、制定趣旨が異なっているのである。実際に、条例第六条第二項は個人情報保護条例制定(九八年七月一日)にともなう追加条項であるが、この追加の際に、第六条第一項各号の公開除外規定は何ら修正、変更されていない。以上、第六条第二項の規定は抽象的原則論を示したものである。
第六 被告の主張には、二つの誤りがある。
一 個人情報に関して
1 被告は「当該公文書全体が個人に関する情報」であると拡大解釈している。このような解釈が成り立つとしたら、大抵の公文書全体が、「個人情報である」、「行政運営情報」である、などの理由をつけて非公開とする事が可能となり、本件条例が実質的に非公開条例となってしまう。
公開を原則とし、非公開を例外とする本件条例の処分に当たっては、非公開もしくは部分公開の判断は厳密な例外規定の解釈が必要である。
2 実務的には、岐阜県庁の各課の情報公開担当者は、公開請求があった際には、判断が難しい程に、当課、他課、他自治体の例や判例などを参考にして処分を内定、最終的に課長が処分を決定しているのである。被告は、公開処分は個々に判断すべきことで、他の文書の公開例などと比較する必要はない旨主張するが、本件事故報告書の類いは、記載様式はともかく、その記載内容は甲第四号証に示す記載と大差ないことは容易に想像できる。甲第四号証に示される程度の部分公開が条例の正当な解釈であることは明らかである。
3 教育行政においては、教師による非違行為や児童・生徒の事故について、現状の正確な把握と改善のために事故報告書が従来より作成されている。また教師による体罰が問題となっており、これら状況の把握と改善のために体罰報告書も作成されている。これらは、主たる原因(者)により「体罰報告書」「教師の事故報告書」「児童・生徒の事故報告書」の何れかに分類、作成されている、と県教委担当者は述べている。
被告は「子どもの事故」として位置付けられる「いじめに関する事例」を具体的に例示した指導手引きを九五年三月に発行し、教師以外にも配布している。この編集者ら(甲第五号証)は本件処分を決定した学校指導課職員である(甲第一、二号証の担当課欄)。この指導手引きには、小学校(甲第六号証)、中学校(甲第七号証)、高等学校(甲第八号証)に関して、合計三〇件の過去の具体的な事例を(個人名のみA、Bなどと仮名にして)具体的に引用、公開している。これは個々の事案へのより適切な対応の一助にしようと作成されたものである。ここに、明確なように住所、氏名などを除けば、その文書は公開によって、教育行政推進の指針、参考となるものである。
本件文書も、積極的に頒布するかはともかく、子どもたちへのより適切な対応を検討するために
も、公開によって公益的意味も高まる、というべきである。
4 被告が本号に該当するとして非公開としたのは、公文書のすべて、である。被告は、一部公開(手引き一六頁)に当たらず、全面非公開が正当であることを具体的に立証し得ないのであるから、個人情報の枠組みを拡大解釈して非公開とした本件は違法な処分である。
二 個人識別情報に関して
1 社会一般の新聞、テレビ等における少年の事件報道に関しては、「名前」や住所の「地番」を伏せた状態で報道することが通常である。雑誌などになると、さらに詳細に内容が報道される。
2 本件文書は、医療機関での治療記録等ではなく、学校、施設という公的、集団的係わりの中での事案の報告であるから、個人情報ではない。事故の当事者には誰でもなり得るのであり、一般市民の誰もが関心のあることだから、純粋の個人情報ではない。
3 情報公開制度は公開を原則とするものであるから、どの非公開の判断に当たっても、「公開の必要性や公益性」と「非公開事由該当性を認めるべき必要性」が比較考量されなければならない。
本件公開請求は文書記載の当該個人を責める目的ではなく、教育の現状を知ることが目的である。事故の経過や関係者らの言い分や対応記録は公にされ、多数の検証を経る事が教育的である。
また、国や県の示す市町村立小中学校管理準則には第二四条で問題行動の報告書が定められている。本件文書もそれと同様の文書である。これらは、法定文書に準ずるものとして、条例第六条第一項一号の公開の公益性とプライバシー保護の必要性が比較考量されることは正当である。
4 学校と地域の連携があってこその教育であり、文部省もこの点を奨励、通知している。事故等の具体的事例が公にされることは、地域と一体となった教育の推進にも有効である。
5 子どもは事故報告書を非公開とすることで守られる訳ではない。事実が正しく認識され、当事者の立場での適切な対応がなされたときにこそ、子どもの将来が守られ、保障されるものである。
6 「大半が個人の識別に係わり、これらを全て削除して公開した場合には、請求の趣旨が損なわれる」との被告主張に関して、仮に、ほとんど全てが非公開部分として墨ぬりされていても、部分公開されれば、請求に該当する事案が何件あったかが請求者に理解されることとなるのであるから、それをもって、公開請求の趣旨・目的の第一は達成されるのである。これに相当する部分公開処分の例として、九九年二月三日に公開された公文書(教福第一七三号・甲第九号証)では、墨ぬりされていないのは定形表現に日付、決定根拠条文であるが、この文書が公開されたことで請求に係る事案が一件あり、どのような根拠(一部)でいつ退職手当が支給されたかが理解できるのである。
条例第八条は公文書の部分公開を定めている。手引きの制定趣旨の説明では「公開しないことができる部分を削除し、その他の部分について公文書の公開をしなければならない」とされている。
解釈・運用の3(三一頁)では「請求の趣旨が損なわれることがないと認めるときとは、公開より請求の趣旨の一部でも達成充足することができると認めるときをいう」とされている。
さらに、同4は、請求の趣旨は、原則として請求書の記載事項から判断するが、判断し難い場合には、必要に応じ請求者に電話等で確認する、としている。本来、「請求の趣旨が損なわれるかどうか」は、明瞭な場合を除いては、公開の原則に立脚すれば、公開実施機関側が判断することではなく、請求者側が判断することである。本件に即すなら「一定期間内に、事故報告書があったのか、あるなら何件か、その内容はどのようか」を請求の趣旨としていることは明瞭であって、実施機関が一方的に部分公開にはなじまない、とすることではない。
第七 被告答弁書の二の「第五について」に関しての求釈明
一 「児童・生徒の問題行動等に関して、記載内容が全て個人情報」という根拠は何か。
二 「他の情報と結び付けることによって特定の個人が識別され得る」との主張であるが、
1 住所、氏名等を削除した状態において、それと結び付けることで特定の個人が識別される得るところの「他の情報」とは一体何をさすのか。
2 一件ずつの文書について、具体的にどのように識別され得るというのか。
三 「公開は個々具体的な事案に即して判断されるべき」との被告主張である。小中学校三件、高校七件、養護学校六件の文書があるということなので、文書記載の事案は内容、日時、人物とも一件ずつ異なっているのであるから、全面非公開とする個々具体的理由を一件ずつ明らかにされたい。
四 健康福祉環境部の報告書(甲第四号証)部分公開処分は、正しい条例の解釈であると考えるのか。
以 上
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以 上