訴 状
原 告 寺 町 知 正
外十八名
被 告 梶 原 拓
住民訴訟事件
訴訟物の価格 金九五〇、〇〇〇円
貼用印紙額 金八、二〇〇円
当事者の表示
原 告
目録の通り
岐阜市御手洗三九〇の二〇
被 告 梶 原 拓
請 求 の 趣 旨
一、被告は、岐阜県に対し、金二四〇、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本訴訟送達の日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決、ならびに第一項につき仮執行宣言を求める。
請 求 の 原 因
第一 当事者
(一)、原告は肩書地に居住する住民である。
(二)、被告梶原拓は一九八九年施行の岐阜県知事選挙において当選し、一九九三年再選され、以降もその職にあるものである。
(三)、被告は一九九五〜九六年、首都機能移転対策に関連して、金二九〇、〇〇〇、〇〇〇円を岐阜県の公金から支出した。
第二 首都機能移転対策費の概要と問題点
(一)首都機能移転対策の予算及び執行状況の概要
岐阜県は、首都機能移転対策に関連して一九九五〜六年度六月までに、約二九〇、〇〇〇、〇〇〇円以上を予算化、大部分を執行した。一九九五年度五、五〇〇、〇〇〇円、一九九六年度当初予算で企画課分六六、三八〇、〇〇〇円、広報課分七〇、〇〇〇、〇〇〇円、他分一二〇、〇〇〇、〇〇〇万円、一九九六年度六月補正予算三〇、〇〇〇、〇〇〇円などである。主な執行状況の内訳は次のようである。 新聞広告として、一九九六年六月十一日十二日の全国の新聞十六紙の全面広告(京都・神戸・富山・奈良・福井・福井県民・岐阜・北国・日経東京本社・産経大阪本社・朝日・北日本・東愛知・北陸中日・中部経済・中日新聞)に約七〇、〇〇〇、〇〇〇円を出費した。さらに六月十二日二紙に五〇、〇〇〇、〇〇〇円(毎日・読売新聞)(岐阜県広報センター分)、六月上旬他に数紙で七〇、〇〇〇、〇〇〇円出費(中日・岐阜新聞ほか)(広報課から企画課への再配当分)。合計で一九〇、〇〇〇、〇〇〇円の貴重な県費を出費した。岐阜県大阪事務所は、たった三ケ月間分の広告塔代金四五〇、九二〇円、設備使用料として約四、〇〇〇、〇〇〇円、合計約四、五〇〇、〇〇〇円を出費した。のぼり、懸垂幕、看板、花壇などには合計七、三七八、五二二円を出費している。調査、研究などの多くを民間会社に委託三八、〇〇〇、〇〇〇円、たった二日間のシンポジウムに五、七一四、四四〇円出費している。
その他、ポスター、チラシ、シールなどである。
(二)、他の候補地との比較
他の候補地の移転対策費用を一九九六年度当初予算で比較すると次のようである。
愛知県は 一〇、〇〇〇、〇〇〇円
静岡県は 一五、〇〇〇、〇〇〇円
三重県は 五、〇〇〇、〇〇〇円
滋賀県は 二、五〇〇、〇〇〇円
栃木県は 三〇、〇〇〇、〇〇〇円
福島県は 一〇、〇〇〇、〇〇〇円
宮城県は 五六、〇〇〇、〇〇〇円
茨城県は 一一、〇〇〇、〇〇〇円
北海道は 三、〇〇〇、〇〇〇円
岐阜県は 二五六、三八〇、〇〇〇円
岐阜県の内訳は
企画調整課 六六、三八〇、〇〇〇円
広報課から企画調整課への再配当分 七〇、〇〇〇、〇〇〇円
全国地域情報発信推進協議会 七〇、〇〇〇、〇〇〇円
岐阜県広報センター 五〇、〇〇〇、〇〇〇円
このように岐阜県の首都機能移転対策費合計は、他の候補地の数倍〜二十数倍である。岐阜県の年間予算は八五〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇億円であり、各道県の予算対比をすれば、岐阜県の首都機能移転対策費の突出が一層明らかである。
(三)、岐阜県が移転先となる可能性
中央官庁の課長クラスのアンケートでは「移転するとしたらどこがいいか」の問いに、「一位は栃木・那須地域」「二位は静岡・浜名湖周辺」「三位は福島・阿武隈」「四位は静岡南部・愛知東部」とされている。八月上旬のNHK総合TV全国放送の番組で首都機能移転の解説がされた。このとき北海道を含めて七候補地が紹介されたが、岐阜・愛知はここに含まれていない。
交通アクセスなどの面でも、他の有力な候補地である那須、阿武隈、静岡などと比べて、圧倒的に不利である。中部新空港ができたとて、この点の解決にはならない。空港建設の早期実現の見込みも立っておらず、リニアに至っては実用化のメドすらない。東海環状自動車道も混迷が深まり、全線開通のメドが立っていない。また、今後、全国的、世界的に環境問題がますます重視されることは確実であり、新交通の早期実現は極めて困難な状況であると言わざるを得ない。
以上からも明らかに、岐阜県は他の候補地と比べて、決して有利な状況にはない。
(四)、移転誘致政策への岐阜県民の合意(支持)状況
首都機能移転に関して、住民の合意、そして国民的合意ができていないことは、マスコミ各紙が指摘している。現在の候補地の自治体関係者や住民には、もし自分のところに来ないなら現在の東京の首都のままで良い、という声も強い。移転の是非は住民、国民自身が判断すべきことである。しかし、岐阜県は、県民や各種団体、報道機関などに適切、正確な情報を伝えていない。また、的確で深まった議論形成に努めていない。県の移転対策諸事業の大半は、九六年六月の改正法を無視して、いかにもすぐにも首都が移転するかのように、また、遷都であるかのように、極めて紛らわしく、県民を誘導する引用を行っている。首都機能移転政策は、プラス、マイナス両面を示すべきであるところ、片寄った提案だけである。市町村議会の誘致決議も、上からの求めに応じただけで、十分な議論をしないままの安易なものである。県民や各種団体には、限定的な情報の中で、抽象的総論的に首都機能誘致を好意的にとらえ、県民や各種団体は、もし仮に、実際に来たとしたら、現行の生活環境や都市あるいは農村機能への重大な影響が生じるだろうことも直感的に理解している。
以上、岐阜県の首都機能移転政策は、多くの岐阜県民等の合意や支持を得ているとは言い難い。
第三 本件事案の財務会計行為としての違法性
公金支出が違法となるのは、支出自体が法令に違反する場合だけでなく、支出の原因となる行為が法令に反し、予算執行上、看過しがたい瑕疵を含むような場合の公金支出もまた、違法となることは、判例において確立された判断である。すなわち、いわゆる「違法性の継承」の理論であるが、本件もこの理論に基づき、原因行為から継承され公金支出の違法性を問うものである。その原因行為の違法性としては、次の諸点を指摘できる。
(一)、地方自治法第二条一三項違反
1、同法は地方公共団体の事務処理の原則について「地方公共団体は、その事務を処理するに当たつては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」と定めている。これは地方公共団体が住民の付託を受けて住民の税金により、その事務の執行を行っていることから当然の規定である。
2、国会等の移転に関する改正法によれば、移転先の候補地は、内閣総理大臣が任命した国会等審議会が答申を行い「国民の合意の形成の状況、社会経済状況の諸事情に配慮し、東京と比較考量を通じて検討されるものとする」と定めている。全国で、北海道、宮城県、福島県、栃木県、茨城県、静岡県、愛知県、岐阜県、三重県が有力な候補地になっており、岐阜県はその一つに過ぎない。
万が一、九分の一の確立で岐阜県に決定したとしても、東京との比較考量で東京に決定される可能性も残されている。すなわち、移転先として岐阜県が決定される可能性は十分の一程度に過ぎない。このように可能性の低い首都機能移転に、他の道県と比較して、数倍から数十倍という公金を支出している。
3、県民に、待望論とプラス面だけを強調し、マイナス面を示さず、住民無視が甚だしい。また、生活環境、自然環境などへの悪影響、事前アセスメントも何ら実施しておらず、県民に提示していない。さらに、東濃地域には、活断層も非常に多く候補地としては極めて不適である。
4、東濃地域に六十万人増加した場合、生活水確保の為の大規模な導水路工事だけでも、少なくも七百億円必要で、一人当六万円以上の莫大な負担を受益県民に課す。しかも、これらを、県民に一切明らかにしていない。
5、県作成のシールなどの版権を流用、しかもシール配布や掲示を各界の民間会社に強制している。
6、ポスター、シールなどを無意味に県庁内などにベタベタ張ったりしている。
7、県大阪事務所は、たった三ケ月間分の広告塔代金及び使用料約四、五〇〇、〇〇〇円、本庁や県事務所では、のぼり、懸垂幕、看板などに七、三七八、五二二円使った。
8、「(新しい)首都」という言葉を使うなど移転法の趣旨を逸脱し、さらに県の自主性と責任を放棄して調査、研究などの移転対策の重要部分の多くを民間会社三八、〇〇〇、〇〇〇円で委託し、シンポジウム(二日間)の委託料として、五、七一四、一四〇円を使った。
9、意味が希薄な新聞全面広告代金、合計約一九〇、〇〇〇、〇〇〇円を使った。
10、県や市町村が財政問題に非常に苦慮している中で、不当な移転関連予算を執行する事は、県民に大きな損害を与えるもである。
以上のように、最小の経費で最大の効果を挙げるようにしていないことは明らかであり、前条の規定に違反している。
(二)、地方財政法第四条違反
1、同法は、地方公共団体の予算の執行について「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最小の限度をこえて、これを支出してはならない」と定めている。これは地方公共団体が住民の付託を受けて住民の税金により、その事務の執行を行っていることから当然の規定である。
2、首都機能移転対策に他の道県と比較して、数倍から数十倍という公金を支出することが、必要且つ最小の限度をこえていることは明らかであり、これらの規定に違反する。
(三)、まとめ
以上述べたとおり、本件の被告の首都機能移転対策への支出は、前述のごとく諸規定に照らし、違法もしくは著しく不当なものといわざるを得ない。
第四 住民監査請求
(一)、原告は一九九六年九月十一日もしくは十月三十日、岐阜県監査委員に対し、地方自治法第二四二条第一項の規定により、岐阜県知事の職員措置請求を行った。その趣旨は 「岐阜県は、首都機能移転対策に関連して平成七〜八年度六月までに、二億九千万円以上を予算化、大部分を執行した。県は、首都機能の殆どが移転するかの錯覚を県民に与えている。県民に、待望論とプラス面だけを強調し、マイナス面を示していない。市町村議会の誘致決議も、形式的である。他の有力な候補地と比べて、東濃が適地であるとの評価は非常に少ないにもかかわらず、県の移転対策費は、他の候補地の数倍〜二十数倍である。生活水確保の為の大規模な導水路工事だけでも、一人当六万円以上の莫大な負担を受益県民に課すことを明らかにしていない。ポスター、シールなどを県庁内などにベタベタ張ったり、広告塔代金・使用料やのぼり、懸垂幕、看板、民間委託した調査費やシンポジウム費用、誘致対策として意味の希薄な新聞全面広告代金、合計約二四〇、〇〇〇、〇〇〇円を使った。
県や市町村が財政問題に非常に苦慮している中で、不当な移転関連予算を執行する事は、県民に大きな損害を与えるものであり、知事は、今後も不当な支出をしてはならず、執行分は返還する義務がある」というものである。
(二)、これに対して、岐阜県監査委員は、一九九六年十月二五日及び十一月十五日付けで原告らの右監査請求を棄却とした。その理由の趣旨は、 「首都機能移転に関する活動は、県議会をはじめ多くの県民の支持を受けて進められている。また、岐阜県がこれらの活動を推進していくことは政策判断であり、ポスター、シールなどの製作費、各種調査委託費、新聞広告などの支出は、議会の議決を経た予算に基づき適法になされたものであるので、支出が不当であるとする主張は認められず、公金の支出の差止め及び返還の措置を講ずる必要はない。したがって、県知事に対する措置請求は、理由がないものとして棄却する。」というものである。
(三)、原告らは十月二九日(ただし原告小栗、藤中、小岩井、市川は、十一月十六日)に監査の結果通知を郵送にて受け取った。しかし、右監査請求の結果は、以下の理由により承服できない。
1、最高裁大法廷判決(昭和三七年三月七日・「昭和三一年(オ)第六一号地方自治法に基づく警察予算支出禁止事件」)において、明確に住民監査請求の本質が述べられている。即ち『・・長その他の職員の公金の支出等は、一方において議会の議決に基づくことを要するとともに、他面法令の規定に従わなければならないのは勿論であり、議会の議決があったからというて、法令上違法な支出が適法な支出となる理由はない。・・同法が規定した趣旨は、個々の住民に、違法支出等の制限、禁止を求める手段を与え、もって、公金の支出、公有財産の管理等を適正たらしめるものと解する。監査委員は、議会の議決があった場合にも、長に対し、その執行につき妥当な措置を要求することができないわけではない・・』と判示されている。
2、監査委員は、他の道県の首都機能移転関連予算や執行状況の調査比較や、個々の申立事項につき検討することをせず、もって違法もしくは著しく不当な監査を行なった。
3、広報課から企画調整課への再配当分七〇、〇〇〇、〇〇〇円、全国地域情報発信推進協議会七〇、〇〇〇、〇〇〇円及び岐阜県広報センター五〇、〇〇〇、〇〇〇円の合計これらが首都機能移転関連の事業目的に使われることは、議会に何ら説明されておらず、当然にそのような理解の下に議決されたものではない。換言すれば、議会議員は、合算として首都機能移転関連にこのような多額な出費がなされることを承知していなかったのであり、前記一九〇、〇〇〇、〇〇〇円は、「正当な手続きを経て首都機能移転対策費としての議決を経た」ものとは言えない。にもかかわらず、「議決を経ている」とした監査の結果には、重大な瑕疵がある。
4、東濃地域に六十万人増加した場合、生活水確保の為の大規模な導水路工事だけでも、少なくも七百億円必要で、莫大な県費を支出することになり、最終的に一人当六万円以上の莫大な負担を受益県民に課す。このような事実を同時に提案されていたら、首都機能移転誘致政策を支持する県民が激減することは必定である。これらのことを何ら検証していない監査の結果には、重大な瑕疵がある。
5、「新首都」という首都機能移転法にない言葉で、納税者、有権者を惑わしていることについて、何ら判断をしていない監査の結果は、著しく不当である。
よって、先に述べたような違法な予算支出への異議申し立てを「理由がない」として棄却することは、納税者に違法もしくは不当な公金の支出を監視する権利を与えた住民監査請求の基本理念を否定することにほかならない。今回の棄却決定は、監査委員の職務を自ら放棄し、監査制度を自ら否定するものであり、法律の解釈を誤ったこのような違法もしくは著しく不当な監査の結果は受け入れられるものではない。岐阜県の監査制度を適正化するためにも、本件「監査結果」をこのまま放置すべきでない。
第五 結論
このように、原告の請求を斥けた監査委員の決定には承服できないので、出訴に及んだ。
証 拠 方 法
甲第一号証 一九九六年九月十一日付け岐阜県知事措置請求書、補充書、書証
甲第二号証 十月三十日付け、岐阜県知事措置請求書
甲第三号証 十月二五日付け、岐阜県監査委員の監査結果の通知書
甲第四号証 十一月十五日付け、岐阜県監査委員の監査結果の通知書
その他、口頭弁論において、随時提出する。
一九九六年十一月二八日
岐阜県山県郡高富町西深瀬二〇八番地の一
右 原 告 寺 町 知 正
外十八名
岐阜地方裁判所民事部御中
当事者目録 (略)